『お母さんからの愛を100%受け取っていい。』
魔法の言葉を言ってみたときに、声がつまりかけて、涙がじわじわきた。
あぁ、久しぶりだこの感じ。
久しぶりのカウンセリング。
いつもの優雅なお茶会だったのになぁ。
お母さんから100%愛されている自覚はあったけど、お母さんからの愛は100%受け取っていなかったことを、火曜日の昼下がりに気がつかせてもらった。
遠慮を、してた。
それは、しなくていいなんて知らなかった。
だって、だって、だって、、、
言われたんだもの。
まだ子どもの頃、お母さんに、
「ゆみが赤ちゃんの頃、お父さん、お母さんがゆみにかまいすぎてたから、ゆみにヤキモチ焼いてたのよ。」
って。
おいおい、そのせいでこんなに夫婦ゲンカ絶えないんかい!って内心つっこんだし、お父さんが可哀想で、、、
時系列はわからないから、それからなのかわからないけど、たぶん3〜4才くらいから、みんなに遠慮しながら愛を受け取り、愛を与えていた。平等に愛さなければ、誰かが拗ねてしまい機嫌を損ねケンカがはじまってしまう。そんな気がしてた。
「ゆみの好きな人は、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、おじさんたち、おばさんたち、いとこたち、保育園の友だちたち、、、」
よくこんなことを親に言ってたなぁ〜って思い出してた今日この頃だったのを、ふと言ったんだよね。
「平等に愛さなくてもいいんだよ。」
この言葉が目からウロコだった。
誰にも遠慮しなくていいんだ。
誰かが拗ねても気にしなくていいんだ。
なんなら、いいだろ〜って自慢してもいいんだ。
カウンセリングの時って、普段使わない思考回路を使うからか、どっと疲れるし糖分が欲しくなるんだよね。筋肉痛みたいだね、心の筋肉痛って言ってた。
3年前くらいにしばらくカウンセリングしてもらってたとき、いつもはブラックコーヒーやストレートティー飲むのに途中からバサバサ砂糖入れまくって飲んで、顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃでぐったりしながら必死でカウンセリング受けてた時のことを思い出した。
もう、その時のようには泣かなくなった。
カウンセリング受けて、心屋のマスターコースで心のことを学んで、3年前の私には想像できないくらい心が軽くなってきた今日この頃。
だがしかしまだまだ気がつかない考え方のクセがある。
ひとりで頭の中グルグルしながら、なにかふと気がつくこともある。
誰かとおしゃべりしてて気がつくこともあるし、月一お茶する友人は3年前カウンセリングしてくれた心屋の先輩なもんだから、度々ハッと気づかせてくれる。恩人。感謝。
『お母さんからの愛を100%受け取っていい。』
誰にも遠慮する必要なんてない。
愛を受け取ること以外でも、誰にも遠慮する必要なんてない。