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むびふるの映画日記 20代映画好き社会人のレビューブログ

初めまして。映画好きの社会人むびふるです。
映画はオールジャンル見ます。特に好きなのは人間ドラマです。

「この映画を見てよかった!」と
満足感を高められるようなブログを目指したいです。

 

あらすじ

ある架空の中欧の国ズブロフカ共和国に、伝統的な高級ホテル「グランド・ブダペスト・ホテル」があった。伝説のコンシェルジュであるグスタヴ・Hは、常連客の殺人事件と遺産相続問題に巻き込まれ、ゼロとともに事件解決に動く。

 

こんな映画を見たい方におすすめ

 

ウェス・アンダーソン監督の世界観に浸れる

この作品はウェス・アンダーソン監督のこだわりが前面に出ているため、同監督の過去作の雰囲気が好きな方は、間違いなくこの映画の虜になると思う。

 

特に、監督の過去作である「ザ・ロイヤルテネンバウムズ」(2001)のような、登場人物が部屋で話している何気ないシーンまで、美術の細部にこだわる監督の美意識を色濃く感じられる。

 

そのため、あっ!今のシーンきれい!美しい!と思う度、画面を停止して保存しておきたくなる衝動に駆られる。

 

特に、フランス映画で有名な「アメリ(200)」のビビットな色使いやインテリアの可愛さにキュンときたことがある方なら、この映画を見ても同じような愛おしさ、それ以上の満足感が得られると思う。

 

単純にストーリーが面白い

映像は綺麗でも、ストーリーは平坦で面白くないんじゃないの?と思う方もいるかもしれないが、ストーリー展開はしっかり分かりやすく、スピード感のあるシーンやシュールで笑える場面など、娯楽映画としても楽しい作りになっている。

 

テーマを知ってから見直しても新たな発見がある

また、本作については、監督が「昨日の世界(シュテファン・ツヴァイク著)」という書籍に影響を受けて制作している。一見おとぎ話のような物語に「ヨーロッパの終焉」という深いテーマが描かれているため、テーマを知ってから作品を見ると、多くのオマージュに気づき、より深く映画を楽しむことができる。

 

出演 

レイフ・ファインズ ムッシュ・グスタヴ・H役

グランドブダペストホテルの伝説のコンシェルジュ役を務める。

この方どこかで見たことがあるなぁと思っていたらハリーポッターに出てくるボルデモート卿役を演じていた俳優さんでした。ウェス監督の作品に登場するのは初めてのようですが、ブダペストホテルの煌びやかな雰囲気にぴったりの紳士でした。

 

トニー・レヴォロリ ゼロ役

ロビーボーイとして、グスタヴのために懸命に動く青年を演じる。

戦争により祖国を去ることを余儀なくされた、無国籍の難民という設定のため、こういった異国感漂う顔立ちの俳優さんを選んだのかもしれません。

 

 

 

 

 

↓ここからネタバレです。

作品を見てから読むことをおすすめします。

 

脚本について

 

時代を跨いで伝承されていく物語

この映画は時代背景が

現在→1985年→1968年→1932年

と遡り、また現在に戻ってくる構造となっている。

 

現在→女の子が本を持ってオールドルッツ墓地に向かう。作家の銅像を眺める。

1985年→作家の語り。

1968年→作家の若い頃。さびれたグランドブダペストホテルでゼロの話を聞く。

1932年→かつて栄光を極めたグランドブダペストホテルの話。

 

なぜ、このように時代を跨いだ構成にしたのか?

前提として、この映画はステファン・ツヴァイク著の「昨日の世界」からインスピレーションを得ており、書籍にはツヴァイクが経験した戦争の恐ろしさやヨーロッパ文化の衰退について書かれている。

1942年に完成した書籍が現代を生きる私達に届けられることは、語り継ぐツヴァイクという作家や本という手段がなければ実現しなかったこと。その語り継がれる奇跡や時代をまたいで歴史を伝承していく大切さをこの時代構成で表しているのはないか。

 

スピード感のある三幕構成

1幕 導入

グランドブダペストホテルの日常、グスタヴ・Hやゼロの紹介。

2幕 対立

マダム・Dの訃報、ルッツ城への遠征、グスタヴ・Hの勾留

3幕 解決

遺産問題が解決して、ゼロが富を受け継ぐ。

 

この映画のすごいところは、殺人や争いを残酷に描きながらも、ポップで可愛らしいシーンが多いことで恐怖が払拭される点だ。

可愛らしさに貢献しているのはメンドルの可愛いお菓子や、刑務所での脱獄シーンの面白さがある。そこら中にクスッと笑えるシーンが散りばめられている。例えば、絵画「少年と林檎」の代わりに、下品なガタクタのような絵をかけたりとか。ユーモアとシリアスなシーンのバランスが取れているからこそ、見ていて全く飽きがこない。

 

監督について

 

徹底してシンメトリーな映像作り

なぜ彼の作る映画は美しいと感じるのか。一つに、対象を中心に持ってきて撮るだけでなく、小物や色合いまで気を配り、完璧なシンメトリーを作り出しているから。

人間は左右対称のものを「秩序」や「安定」と結びつけて、美しいと感じやすいのだそう。

そのため、彼の作品には、絵本の一ページのような一画面で完結しうる魅力、美しさに見とれてしまう瞬間が幾度か訪れる。

 

原色でレトロな世界観の演出

この映画には原色の洋服・インテリアが多用されている。なぜ原色を多用するのか。

それは、日常に溢れる地味な色味を排除し、むしろ非日常に位置する原色を使うことで、物語感や人為的な世界観が増していく効果を生み出すからではないだろうか。その効果により、赤いグランドブダペストホテルのロビーが映し出されると、私達は一気に物語に引き込まれていくのである。

 

監督の原色使いの上手さは、監督の初期作である「天才マックスの世界(1998)」にも見られ、きっと昔から監督が大切にしている技法だと考えられる。

 

特に、赤や紫などの原色がたくさん使われており、一見ケンカしそうな色合いが、緻密な構成により綺麗にまとまっているところがまたすごい。

例えばグランド•ブダペストホテルの制服は真紫だが、制服のラインに絨毯の色である赤が使われていたり、ボタンがライトの色に近いゴールドで作られることで、背景と洋服に生まれる色のギャップを解消し、むしろ画面に一体感が生まれているのではないか。刑務所では服役者が来ている服の色と、刑務所の壁の色を同じ系統の色味にすることで統一感を出していたりする。キャストのキャラや服装、インテリアの細部までこだわる緻密性が彼の独特な世界観を生み出している。

 

女の子は誰でも一度は憧れる「アメリ(2001)」も世界観に引き込まれる映画だ。原色レトロな色使いというのは、なぜここまで人をノスタルジックな感情にさせてくれるのか。

 

一つ思うに、私達が小さい頃、一番よく遊んでいたおもちゃは基本的に原色であることが多い。乳児の視力でもよく目に入るようにと、おもちゃは基本的に原色で作られているからである。

だからこそ、こういう原色の映像を見ると、懐かしい気持ちになったり、自分の中に眠っている遊び心が引き出されてワクワクするのではないかと思った。

 

なんか面白そう、なんか胸踊るというわくわくする感覚を与えてくれる監督自身がきっとすごく遊び心がある人なんじゃないかなとも思う。

 

今は亡きものに対する憂い

ウェス作品では「家族の死」がよく描かれる。「天才マックスの世界」の主人公は母親をがんで亡くしている、「ダージリン急行」では父親を亡くした兄弟の物語を描く。今回の作品では、マダムDが亡くなってから物語が加速していく。「死」というものはある意味、彼が描くおとぎ話のような作品とは正反対にある存在だが、あえて絶望の代表である「死」を描くことにより、常に人は「死」と隣り合わせであり、そういった絶望を抱えながらも生きていくしかない現実を表しているようにも思える。

それはウェス自身が離婚した片親家庭で育っており、家族の不在を常に感じていた少年時代を経験しているからこそのエッセンスなのであろうか。

 

 

 

テーマについて

 

ヨーロッパ文化の衰退

欲に目が眩んだマダム・Dの息子らが、ゼロやグスタヴを追いかける。そして、争いの中で、豪華絢爛なグランドブダペストホテルが次々に破壊されていく。

これはまさに、戦争によって美しいウィーンの建物や文化が破壊されていく様をオマージュしていると言える。

 

ウェス・アンダーソンは映画の中に、壁掛けの絵をよく映すので、最初はあまり気にしてなかったが、今回は特に絵画がたくさん出てくるのが気になった。

例えば、グランドブダペストホテルのマダム・Dが泊まる部屋には、森を描いた絵画が何度か出てくる。その作品がかつてのウィーン黄金時代のクリムトの描いた「ブナの森」という作品に似ている。その他にもクリムト風の作品がいくつか登場する。

また、ゼロがアガサにプレゼントする本もロマン派第1巻という、まさにロマン文化を象徴している。

つまり、セットである絵画や本に、かつてのウィーンの芸術黄金時代、ロマン文化というエッセンスを加えておき、それが第一次世界大戦により壊されていくという悲しさを表現しているのではないか。

 

「少年と林檎」に隠された意味

本来はただ鑑賞して楽しむものとされていた絵画が、マダムDの死後は、絵画の価値=お金として、息子らに狙われるものになる。

ウィーンの黄金時代、作家は人々の楽しむ芸術として作品を書いていた。だがひとたび戦争が始まると、作家は戦争に対する市民の熱意を高めるためのスローガンや詩を書くための道具として使われ、個人の価値観を自由に表現できなくなる。

このような芸術や文化の衰退を象徴しているのがこの「少年と林檎」なのではないかと感じた。

 

立場や国籍を超えた友情

普段は絶対に交わらないであろう難民であるゼロとグスタヴ・Hはふたりで困難を乗り越え、次第に固い友情を築いていく。

 

二人の友情を象徴するシーンがある。

ふたりは電車の中で軍警察より暴行を受けるが、かつてのホテルの常連客が特別通行許可証を発行して助けてくれるシーンだ。

 

そこで「見たか、まだ文明のかすかな光はある。かつての人間性は失われ、殺りくの場と化したがね。それこそが、我々のせめてものちっぽけな…クソ喰らえだ」とグスタヴ・Hは吐き捨てる。

 

ステファン・ツヴァイクの「昨日の世界」にも、ツヴァイクが世界中にいる友人に助けられながら、生活する様子が書かれている。

「殺りくの場」というのが、「戦争」を表し、「文明のかすかな光」というのが、本来人間同士が築いている国籍や立場を超えた、友情や絆のことを指しているのではないか。それを忘れてはいけないという監督のメッセージを感じた。

 

勾留されているグスタヴ・Hに対して、ゼロは諦めないでと励まし続けて、脱獄の手伝いもする。

 

終盤には、ルッツに向かう電車のシーンで、かつてグスタヴ•Hがつけていた鍵のブローチをゼロがつけているシーンが映る。権力の象徴である鍵を信頼するゼロに譲ったのでしょう。

 

まとめ

悲惨な過去を語り継ぐ方法として、映画という手法を使った監督。だがそのメッセージを前面に出すと私たちもこの映画に辿り着く人は限定されるであろう。あくまで監督の遊び心溢れる映像に惹かれ、私たちの面白そう、おしゃれ、見てみたい!という衝動が先にあり、のちにこの映画の深いテーマに気付かされるという順序をたどらせることが、なんとも芸術だと感じる。

分かりやすく提示されるより、自分でたどり着いたことの方が人間はさらに深入りしたくなる。それが監督の狙いだったのだろうか。

 

ちなみに今回の映画をきっかけにステファン・ツヴァイクの「昨日の世界」を読んでみた。監督が伝えたかったメッセージをより深く知ることができたので、かなり分厚くて読み切るのに根気のいる作品だが、この映画をさらに深く掘り下げて生きたい方にはお勧めしたい。