［由来］

稀代のおだて上手、もちあげ上手として政界では知らぬ者のいないひとりの国会議員が、その“ヨイショ”の才能だけで与党最大派閥内の厳しい権力闘争を勝ち抜くと、遂に内閣総理大臣のポストに収まるという究極の世渡り上手ぶりを見せて国民を驚かせた。こうして誕生した新内閣の門出を飾る所信表明演説において総理は「これから話すことは誰にでも言うわけじゃなくて、信頼できる国民のみんなにだから教えることなんだけど…」と早速国民の自尊心を巧みにくすぐる言い方をしたことにより、すっかり良い気分になった国民たちから「も〜、ソーリは〜、ホントにおだて上手なんだから!」といったノリでそのまま「おだて内閣」と呼ばれるようになった。

［足跡］

この「おだて内閣」総理が持ち上げる対象は国民に限らず、閣僚や秘書官たちもその例外ではなかった。しかも、相手をただ単純に褒めるだけでなく、具体的に褒める、相手のいないところで褒める、あるいは逆にたくさんの人の前で褒めるといった緩急自在に“褒めのツボ”をおさえたおだて方をしたため、褒められた閣僚や秘書官たちの意欲はうなぎのぼりとなり、結果として極めて円滑な政権運営が実現した。また、国会における質疑応答の際、政治資金の問題で野党議員から厳しい追及を受けた時も、質問者の野党議員に対し「さすが!良い質問!オミソレしました!逆に聞きたいんだけど、どうしたらそんな良い質問を思いつくの?」といった調子で“質問形式で相手を褒める”という高等おだてテクニックで問題のソフトランディングを図るのだった。そしてまた野党きっての論客として知られる女性議員との予算関連の質疑応答に臨んだ際などは、質問が終わっても相手の顔を見つめたまましばらく絶句していたかと思ったら「…ハッ（我に帰った様子で）、失敬、失敬、あなたのあまりの美しさについつい言葉を失ってしまいましたわい。いや、いや、急にこんなことを言ってスミマセン!なにしろ生まれつき本当のことしか言えない体質なもので、ご容赦ください。あと、ついでに予算のことも大目に見てネ♡」などと、この総理でなければ逆上されそうな返答で見事その場を切り抜けてみせた。こういった総理の“おだて”は、さすがに言語の異なる海外の要人相手には通用しないのではないかと思われたが、各国首脳とのトップ会談などに臨む際の総理はあえて通訳を使わずに片言の相手国語を話すことによって、それぞれの国の人がしゃべったら聞いていられないような見えすいたお世辞にも片言だからこそ感じられるある種の誠実さをまとわせることで、各国要人たちの信頼を勝ち取るのにもまんまと成功するのだった。このように正統派の名内閣とは言い難い「おだて内閣」だが、通常ネガティブに語られがちな“おだて”とか“ヨイショ”といった処世の手段も使いようによっては良い結果につながるという可能性を示したことにおいて、今後もっと評価されるべき内閣ではないだろうか。

■第70内閣『おだて内閣』