なんとなく、自分のすべてに、
「ま、いっか」
と思えるようになった気がしている。
いろんなカウンセリングや、
前世やガイドをみてもらい、
そこで言われてきた、
【自分にやさしく】
の意味が、このほどやっっっと、
感覚的に、こういうことか?
とわかってきた。
自分を責める、否定する、
というのは、今のままの自分じゃだめ、
とすること。
なんで【だめ】だったのか?
私の場合は小学校高学年から中学に入った頃。
人に怒られることが本当に恐怖で、嫌で、
「人に怒られる前に、
自分で自分を怒って戒めよう」
と心に決めた。
そこからずーーっと、
自分で自分を見張ってきた。
いちいち言動に口を出し、失敗すれば、
「ほらみろ!やっぱだめな奴!」
「これこれ、こういうとこがだめだった、
あれもこれもだめだった」
過去を振り返ってはダメ出しの嵐。
しんどかった~
うつになってた時も、
責めて責めて、責め上げてだった。
責めるのにもエネルギー使うからね。
エネルギー切れだった。
自己否定が、
全てのうまくいかないことの
根底にあると気付けたのは、
3、4年前くらいかな?
自分を丸ごと認めてあげよう、
という考えに触れ、いざ実践するも、
心のざわざわが半端なかった。
最近まで、ゆきのさんの、
「私はありのままで完全です」
も、言った瞬間心のすみで、
「そんなわけないじゃん」
「この欠陥だらけが?」
って、自分を責めてきた
もう一人の自分が呟いてた。
たくさんの考え方に触れてきた。
スピリチュアル、哲学、いろいろあるけど、
それが積み重なって、
前者・後者論がトリガーになって、
ふに落ちた。
【自分にやさしく】したら、
堕落しそう、甘えたになりそうって
これまで思ってた。
ちゃんとできてから、
【やさしく】しないとでしょ?
って思ってた。
そうじゃなくて、
そもそも、責める必要がないことに
ようやく気付けた。
確信とまではいかないけど、
手堅い感触がある。
【やさしく】って、
「よくできたねー」じなくて、
「すでによくできてるよー」なんだった。
言葉にすると、ほんとにそのまま。
「ありのままでいいんだよ」
この言葉を受け入れるのに、
なんて遠回りだったんだろう~
そもそも自分から遠回りの道に分け入ってる(笑)
前者が優勢になっていく時期というか、
子供を脱する時期に、
「大人にならなきゃ」
って思って、子供の自分を責めてきたんだな。
文字にすると当たり前のことばかりなんだけど。
考えまくったもんね。
考えても考えても、
後者だから検討違いで、
検討違いで間違えてて、
余計悩んで考えて、
脳内で考えた時間が無駄だったんだけど、結局。
だって、他の者になろうとしても無理なんだもん。
しんどかったけど、
今となっては楽しかったなー
なんとなく(笑)
肩の荷が降りた。
とても楽。
無駄に頑張らなくていい。
このままの自分を好きでいていい。
それって、とても嬉しい。
以前は大嫌いだった。
社会に馴染めない、
他の人がやってるようにできない、
出来損ない。
できないことがあってもいい。
のんきに笑っていてもいい。
もう難しい顔して賢そうに振る舞わなくていい。
(そんなこと思ってたのか、自分(笑))
あと、タイミングっていうのがあるんだな。
知っている言葉でも、心に入らない。
タイミングがこないと。
それまでに蓄積されたものがないと、
はまらない。
心屋も、何年も前から知ってはいたし、
Beトレ受けてる子と知り合ったこともあるけど、
そこまで響かなかった。
前者・後者論も、今読んだから
トリガーになったんだ。
わー、宇宙におまかせしてきてよかった、
起こるすべてはほんとにいいことだった、
これまでのこと、無駄じゃなかった。
無駄だったけど、無駄じゃなかった。