こんにちは。
HSP×内向型 はやみです。


この間、HSPの集まりで、話題になったのですが、「年をとっても、なかなか、貫禄って出ないよねー」
という話題で、深く共感しあうことがありました。




貫禄」
そうですね。正直、自分自身ほぼありません。
それどころか、幼稚っぽいと言われます。



貫禄を、大辞林で調べてみると、
 「身に備わっている堂々とした威厳。身体・人格などから感じられる人間的重々しさ
ということだそうです。


なるほど、たしかに、自分とは全く無縁そうな、このワード。

では、どうしてHSPは、貫禄がつきにくいのか? あくまで、HSP×内向型である自分の感覚、経験からですが、考えてみたいと思います。



①周りの人に、愛想がいいせい?
 相手を優先し、共感的なところ、とてもいい性質ですよね。しかし、そのせいで貫禄が、つきにくいのかも。周りの期待に過剰に応えてることが多いと、自分が分からなくなり、貫禄の基盤となる、「自己」が築きにくいかもしれません。



②素直に、まじめに、物事を受け取るから?
何事も、ひとつひとつまじめに捉える。これもまた、いいところですよね。しかし、さまざまな刺激に対して、びっくりしたり、落ち込んだり一喜一憂してしまう。
そしてそれが、年齢を重ねても、ずっと変わらす続いている。
どっしりとした、人間的重々しさ、とは対照的といえるかも。




③考えている時間が、多いから?
想像、妄想、理想、反省、など、頭で考えることが大得意なHSPは、思考にかける時間が優先され、社会的経験を積むための、時間の絶対量が少ないのかもしれません。石橋をたたいて渡らないことが、私には多々あります。(HSPでも違う方も多々いらっしゃいます)
貫禄は、やりとげた数多の経験に裏打ちされているから、かもし出されるのではないでしょうか?



④経験が、積み重ならない?
社会経験を積み、経験値が上がり、自信がついたかな、と思ってもちょっとした事で、自信が0に戻ってしまうような感じってありませんか?
せっかく、必死で人と関わり、経験が自分の中で、肥やしになってきたかと思っても、
ささいな刺激をキャッチして、深く傷ついたりするごとに、やっぱり、自分はダメだ、弱々しいままだ、積み上げたはずの自信も、全然ないじゃないか!という風に感じてしまうのかもしれません。



いかがでしたでしょうか?
これは、意外と深いテーマで、その他、いろいろな要因が考えられ、HSPの、本質とも大きく関わっていそうです。

貫禄、というのも、タフで外向型な方たちがよしとする、1つの型に過ぎないと思います。

HSPは、重厚感ある貫禄を目指すのではなく、むしろ、いつまでも枯れることのない、直感、まじめさ、良心的な心、探究心、ユーモア、好奇心、無邪気さ、若々しさ、といった部分を肯定し、大切に、育てていった方が、自分を高められるのではないかと思います。


では、HSPは、全く貫禄がつかないのか?
そんなことはない、と思います。でもそれは、社会一般のあからさまな貫禄ではなく、物事を突き詰め、高みにいながらも、繊細さを併せ持った、HSPの薫り漂う貫禄、になるのではないでしょうか。

最後まで、お読みくださり、ありがとうございました。