原始の火
前日友人らと我が家の双子の坊やも連れて焚き火をした。
それも、マッチもライターも使わず
現地にある木っ端を見繕い
道具を作り火を起こす
本当の火の誕生を体験させてもらった。
実はこの作業、一晩あけて、二日に渡りようやく誕生した。
まるで、出産のようだと思った。
命の誕生と同じ。
一心に火の誕生に向かう姿はとても美しかった。
命がけ。
私達は今命がけで火を起こす必要はないし、そんなチャンスもない。
まして、火がそれほどまでに尊いものと気が付かない。
けれど、この火の誕生を目の当たりにして私は自然界への畏れを感じた。
これは男の出産だ。
煙が上がり始める木片を固唾を飲んで見守る。
今か、今かと。
けれど時間は無情に過ぎていき、見る側の私達も子供達も集中力はもたない。
そんな中でも、火を起こす人はずっと集中してる、一心に向かう。もう見てる私はそれだけで体が締まるくらいの集中力を感じる。
あーこれは本当に男の仕事だ。
心からの敬意を持ってそう思う。
やはり
男女にはそれぞれに役割があると私は思う。
命に根ざす役割。
自然界ではそれが当たり前のように在ると思う。平等であって平等でないもの。
それで、何がわるい?
そんな風に固唾を飲んで見守るなか、ようやく火種が生まれる。
そっと、そっと、壊れないように消えないように、生まれたての大事な命を育てるように木の葉で包み息を吹きかけ、風を送る姿は祈りに近い。
火が生まれた。
凄い!凄い!
双子の坊やはまだこの凄さはわからないだろう。
でも必ず心に焼き付いているだろう。
木の擦れる音。
煙の匂い。
真剣な大人の姿。
本当は生きるってこういうことなんだろう。
その日は窓辺に綺麗な蛾が二匹巡り逢っていた。
一晩中窓辺にとまっていた蛾。
翌朝どこからともなく飛んできたもう一匹が辺りを飛び回り、ついに、二匹は出会った。
二匹は結ばれて、長い間幸せそうにじっと佇んでいた。
それは、美しい冬のある日の出来事。
こうして、命は巡る。
iPhoneからの投稿
それも、マッチもライターも使わず
現地にある木っ端を見繕い
道具を作り火を起こす
本当の火の誕生を体験させてもらった。
実はこの作業、一晩あけて、二日に渡りようやく誕生した。
まるで、出産のようだと思った。
命の誕生と同じ。
一心に火の誕生に向かう姿はとても美しかった。
命がけ。
私達は今命がけで火を起こす必要はないし、そんなチャンスもない。
まして、火がそれほどまでに尊いものと気が付かない。
けれど、この火の誕生を目の当たりにして私は自然界への畏れを感じた。
これは男の出産だ。
煙が上がり始める木片を固唾を飲んで見守る。
今か、今かと。
けれど時間は無情に過ぎていき、見る側の私達も子供達も集中力はもたない。
そんな中でも、火を起こす人はずっと集中してる、一心に向かう。もう見てる私はそれだけで体が締まるくらいの集中力を感じる。
あーこれは本当に男の仕事だ。
心からの敬意を持ってそう思う。
やはり
男女にはそれぞれに役割があると私は思う。
命に根ざす役割。
自然界ではそれが当たり前のように在ると思う。平等であって平等でないもの。
それで、何がわるい?
そんな風に固唾を飲んで見守るなか、ようやく火種が生まれる。
そっと、そっと、壊れないように消えないように、生まれたての大事な命を育てるように木の葉で包み息を吹きかけ、風を送る姿は祈りに近い。
火が生まれた。
凄い!凄い!
双子の坊やはまだこの凄さはわからないだろう。
でも必ず心に焼き付いているだろう。
木の擦れる音。
煙の匂い。
真剣な大人の姿。
本当は生きるってこういうことなんだろう。
その日は窓辺に綺麗な蛾が二匹巡り逢っていた。
一晩中窓辺にとまっていた蛾。
翌朝どこからともなく飛んできたもう一匹が辺りを飛び回り、ついに、二匹は出会った。
二匹は結ばれて、長い間幸せそうにじっと佇んでいた。
それは、美しい冬のある日の出来事。
こうして、命は巡る。
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