ママの匂い
この間、子供とお風呂に入ってて一番上のお姉ちゃん(小6)がタオルで体を拭こうとしてた。
その日はいい天気でお洗濯一杯して、洗濯物は気持ちよくかわいてた。
洗いたてのタオルを手に取ったお姉ちゃんは
「あ、このタオルママの匂いがする!」っていった。
「え?どれどれ?」私の匂いってどんなんよ?って思って匂ったけど
洗濯物が乾いた匂いがしただけだった。臭くないからよかった=)と思ったけど
「ねぇ、これお洗濯乾いたにおいでしょ?お日様のにおいだよ~」っていったら
「違うよ、これすごいママの匂い!なんかチョ-久しぶりにママの匂いした~」だって。
そうだよね。まだまだ読み聞かせをせがむ双子の弟や妹とは違って、小学校6年生のお姉ちゃんは
もう殆ど一緒に寝ようって言ってこない。
本を読んでほしくないわけはない。ママが下の3人のお相手に仕事に家事にてんてこ舞いなの解ってて自
分は自分で出来る事をやろうって頑張ってくれてるだけ。
だから最近では首にまとわりつくようなスキンシップも殆どないし、腕に抱かれて一緒の布団に寝る事
も殆どない。
でも、ふと、チョ-ママの匂いがするタオルを手に取って
ママの匂いを覚えてる事を教えてくれた。
そうだったよね。
私も覚えてる。お母さんの匂い。お風呂上がりの首筋の匂い。寝る時の少し汗ばんだお母さんの匂い。
いつも石けんみたいないいにおいがした。子供心にお母さんの匂いはせっけんみたいないいにおいだっ
たのをしっかり覚えてる、そのときの母の顔、姿、感触も覚えてる。
私の母もやっぱり私に「お風呂上がりの石けんのにおいでしょ。」っていったけど
私は「違うよ、お母さんの匂いだよ。」って言ったのも覚えてる。
もちろんその頃の母も幼い子供たちを育ててた私も香水なんて使わない。
肌の匂い。ママの匂い。首にしがみついて抱かれる子供の頃の記憶。
石けんの匂い。お日様の匂い。暮らしにある心地よい匂いと景色。
お母さんはいつもそこにいる。お母さんの匂いは子供にしかわからない。
すごくすごく、いいにおいなんだ。
今はもう私は母の匂いは解らない。子供の頃の記憶は覚えてるけど、もうそこはリアルな感覚ではなく
て子供の頃の記憶の匂いに成ってる。
私の子供たちは幼児期を過ぎて、思春期に成ろうとしている長女でさえも、まだ私の腕に抱かれていた
あの安らぎを覚えてくれているんだ。あの場所をまだ覚えているんだ。
忙しい日々の中で、自分がお母さんである事が信じられないときもある。
自分が子供たちにとってどれだけの存在かって解らないときがある。
でも、ふと、ママの匂いを感じてくれてた娘に
私がお母さんである事の誇りを、喜びをもらった気がした。
そして、私もあの時の母の匂いのように、彼女達の心にお母さんとして刻まれる事を
幸せに思った。
その日はいい天気でお洗濯一杯して、洗濯物は気持ちよくかわいてた。
洗いたてのタオルを手に取ったお姉ちゃんは
「あ、このタオルママの匂いがする!」っていった。
「え?どれどれ?」私の匂いってどんなんよ?って思って匂ったけど
洗濯物が乾いた匂いがしただけだった。臭くないからよかった=)と思ったけど
「ねぇ、これお洗濯乾いたにおいでしょ?お日様のにおいだよ~」っていったら
「違うよ、これすごいママの匂い!なんかチョ-久しぶりにママの匂いした~」だって。
そうだよね。まだまだ読み聞かせをせがむ双子の弟や妹とは違って、小学校6年生のお姉ちゃんは
もう殆ど一緒に寝ようって言ってこない。
本を読んでほしくないわけはない。ママが下の3人のお相手に仕事に家事にてんてこ舞いなの解ってて自
分は自分で出来る事をやろうって頑張ってくれてるだけ。
だから最近では首にまとわりつくようなスキンシップも殆どないし、腕に抱かれて一緒の布団に寝る事
も殆どない。
でも、ふと、チョ-ママの匂いがするタオルを手に取って
ママの匂いを覚えてる事を教えてくれた。
そうだったよね。
私も覚えてる。お母さんの匂い。お風呂上がりの首筋の匂い。寝る時の少し汗ばんだお母さんの匂い。
いつも石けんみたいないいにおいがした。子供心にお母さんの匂いはせっけんみたいないいにおいだっ
たのをしっかり覚えてる、そのときの母の顔、姿、感触も覚えてる。
私の母もやっぱり私に「お風呂上がりの石けんのにおいでしょ。」っていったけど
私は「違うよ、お母さんの匂いだよ。」って言ったのも覚えてる。
もちろんその頃の母も幼い子供たちを育ててた私も香水なんて使わない。
肌の匂い。ママの匂い。首にしがみついて抱かれる子供の頃の記憶。
石けんの匂い。お日様の匂い。暮らしにある心地よい匂いと景色。
お母さんはいつもそこにいる。お母さんの匂いは子供にしかわからない。
すごくすごく、いいにおいなんだ。
今はもう私は母の匂いは解らない。子供の頃の記憶は覚えてるけど、もうそこはリアルな感覚ではなく
て子供の頃の記憶の匂いに成ってる。
私の子供たちは幼児期を過ぎて、思春期に成ろうとしている長女でさえも、まだ私の腕に抱かれていた
あの安らぎを覚えてくれているんだ。あの場所をまだ覚えているんだ。
忙しい日々の中で、自分がお母さんである事が信じられないときもある。
自分が子供たちにとってどれだけの存在かって解らないときがある。
でも、ふと、ママの匂いを感じてくれてた娘に
私がお母さんである事の誇りを、喜びをもらった気がした。
そして、私もあの時の母の匂いのように、彼女達の心にお母さんとして刻まれる事を
幸せに思った。