「最高」って言葉。
※最も高いこと。第1であること。
この言葉は、ちゃまにしか当てはまらない。
昨日のちゃまの文章を見て第三者はどう思うんだろう。
そう思いました。
付き合ってるのは馬鹿でしょうか?(笑)
ここまで言われても、まだ好きとか言ってる自分って馬鹿でしょうか?(笑)
私は・・・色々考えもしましたが。
そもそも恋愛感情って何なの?
って思いました。
ちゃまは、「好き」だと言いました。
これでいいんじゃないの?って思いました。
友人や知り合いのカップルで、長く付き合っている人達が居て
彼らは、付き合い初めの頃のような、ドキドキする感情を今も持ってるのでしょうか?
長く付き合うことによって、恋愛という名の感情は、
愛情や違う感情へと変化するのではないでしょうか?
それこそ「信頼」という名のものだったりします。
自分のことを曝け出せて、言いたいこと言えて
そんな他人を、家族以外で作るのは、
まさに恋人という名の存在である気がします。
もちろん友達も当て嵌まるかもしれませんが。
私の場合は、ちゃまの存在です。
ここまで他人に自分を曝け出し、甘えることができるのは
一人しかいません。
それは、ちゃまも同じ気がします。
私は、ちゃまの友人や交友関係など、本当の意味では良く知りませんが
少なくとも、1年半付き合ってきて、
ちゃまにとっての存在は、私じゃないかと思うのです。
過去の恋愛がどうのこうの言っても、それは過去の話。
今現在進行形で、ちゃまが好き放題言える相手って、
親でも友達でも同期でも元カレや元カノでもなく
私なんじゃないかと思いました。
これは、私の中で唯一自信がもてることです。
完全なる、自己満足から、または自分勝手で自己中心的な自信です。
どんな形であれ、ちゃまの傍に居てあげたいと思うのは
もちろん、ちゃまにとってのベストな存在で居たいと思うのと同じく
自分も、ちゃまが傍に居てくれることによって
甘えることも、弱気な部分も曝け出せる存在がいることによって
生きていくことに自信がつくからです。
私は、ちゃまによって
人を愛することの素晴らしさも知りました。
それは大袈裟なことではなく
全く別の人間を、信頼し得ることができる事実。
友達は居ます。
でも違う。
それぞれの現実を知らない。
知ろうともしないし、自分自身も明かさない。
それは、友達を信用してないとかではありません。
浅い付き合いしかしてないとかとも違います。
私は、私なりに友達は大事にしてます。
でも、弱みを曝け出すのは、ごく稀です。
だから、私にとって友達は、楽しく過ごせる他人。
死ぬほどつらい時に、涙を流して
甘えられるのは、ちゃまだけ。
そうゆう存在って、たくさん居ると思いますか?
私は、思いません。
むしろ、出会えることの方が奇跡に近いと思う。
2十数年しか生きてないくせにと思われるかもしれません。
私は、90年間生きてる人の
足元にも及ばないです。
ただ、その人が、どんなことを思い、考え、生きることを見つめてきたか?
もし、他者について、幸せについて、愛について
あまり考えずに生きてきたのなら
私は、その人よりかは、他人を思ってると自負できます。
少なくとも、そのぐらいちゃまのことを考え、その存在に感謝してます。
ちゃまが生きて、傍で笑ってくれることが何よりも嬉しいことです。
私は、自分のワガママで、ちゃまを傷つけることを言ってしまった。
ちゃまが居ることに、ただ、ただ、感謝すればよかったと思います。
昨日の夜、ちゃまから電話があり
「ブログって、どうやって書くんだっけ?」
私は、涙が止まらなくなりました。
何でこのセリフで涙が出るかって・・・。
昨日、私はちゃまに別れ話をされ
「私のワガママに付き合って!」
と言い、交際を継続させました。
こんなワガママ言ってる時点で・・・。
私は、ただの馬鹿者だなって思います。
何だか、自分が居なければ
ちゃまを苦しめないで済むのになぁって思いました。
いっそ死んじゃいたいなぁって思いました。
自分は、誰かを愛する資格なんて無いんだなって思いました。
ちゃまは私と居ても幸せじゃないだなって思いました。
この一年半の付き合いで、ちゃまは一度でも幸せって思ったことがあるのでしょうか。
最寄りの駅について、夜空を見て
溜息をついて
涙は出ませんでした。
家に帰ってきて
ただ、じっとして壁を見つめてました。
そんな時に、ちゃまからの電話。
「ブログ書く気になったんだから、教えなちゃい!」
ちゃまの声は優しくて、可愛くて
そしたら涙が出てきて
「ごっめん・・ね」
って謝ってた。
何に謝ったんだろう。
アメとムチのギャップが激し過ぎです。・°・(ノД`)・°・
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