






起点は3枚目の案内図の所ですが、筑波線は最初の写真の土浦駅の現在の下り線の反対側にありました。当時は駅前には『丸井』がありました。2枚目の切れた線路はその名残でしょうか。左にカーブしながら4枚目の写真の自転車道が続きます。その先で5枚目の中川ヒューム管の敷地の中を通りますが当時もヒューム管が置いてありました。6枚目は空き地になっていますが、当時は真鍋駅(車両区)があり汽動車が止まっていました。最後の新土浦駅は左側だけにホームがあり小さな事務室がありました。ホームの両脇は道路ですぐ踏み切りがありました。