つらい。
彼女の姿が見れない。
声が聞けない。
あと6日‥ 寝ても覚めても彼女を想う。
家に居て集まってテレビを見る、食事をする。明るい子どもの笑い声。
無事に新年を迎え、しあわせなはずのこの状況‥ なのに、ただただ虚しい。
自分は何の為に生きているのだろうか。
この抑圧された気持ちを抱え、あと何十年を生きるのか‥
芸人を見て笑う。面白く感じた以上に声を出し笑っていた、何度も何度も。
寝る前に一人、何故そんなことをするのか考える。
‥‥この死んだような気持ちを、なんとか奮い立たせようとした。
‥‥子どもらに、この底冷えのするような漂う空気を感じさせまいとした。
この2つの理由か。
結果は
→死んだ心は蘇えらない。
→子どもへ隠せたかどうかはわからない。
気付けばため息ばかりついている。
満たされている時、二人で過ごす心落ち着き癒される時に、こんな息の仕方をしないことを改めて感じて自分の状態をさとる。
彼女に会いたい。
自分にしては珍しく、あんなに声を上げ言い合ったのに。
今となれば彼女の言っていた事がもっともだとわかる。
図星をつかれて怒りが湧いて抑えられなかった。保身に走った自分を、彼女が受け入れないのは当然の事だ。
実際に胸が痛い。
ほんとうに痛みを伴うなんて驚きだ。
彼女の一切を忘れたい‥と思う程に。
と、そんなことを思った瞬間、直ぐに絶対に忘れたくないと思うのだが。。
抱きしめたい。嗅ぎたい、触れたい。
気持ち悪い自分に嫌悪する。
が、これが本音、ほんとうの自分だ。
この長い休みの間に消耗している。
ただ、つらい。
なんの行動も取れない自分に嫌気がさしてどうしようもない。
同じような想いを抱える人はいるのだろうか。どうやってこの日々を乗り越えているのか。明日からのことを考えると、眠りにもつけない。
もう壊れているこの間柄にまつわる親戚との付き合いになんの意味があるのか。
世間のいうしあわせは最早、自分にとってのしあわせでないことは明白だ。
何を守っているのか‥自分を殺して。
偽りの笑顔を見せ続けて何を継続しようとしているのか。いや、普段笑えているかどうかも、もうわからない。
‥‥現状、形式である。
外から見た形が保てていれば、それで良いようだ。虚しいだけだ。
子どものことを考えてと。
他より水準の高い生活が送れているから、それで良いと。
そんな思考の相手だから、自分がこうなるのも仕方ないと思ってはいけないか。
魅力も何も感じない。男としての自分はどうすればいいのか。お互い様とあきらめないといけないのか。
家など買わなければ良かった。気軽な彼女に対する、この感情はなんなのか。
嫉妬か、、羨ましさか。
抱えるものでしかない、負担な物。身動きを取れなくする物。世の中の経済を回す為にも推奨されてきた生き方なのだろう。
まんまと、だ。せめてこれさえ無ければと後悔で苛立つばかり。
同じようなことを書き連ねた気がするが、こうしてぐるぐると同じところに居続けている情けない自分の姿が如実に現れているのだろうから、記録として良しとする。