言わずと知られたスピッツ初期のヒット曲「君が思い出になる前に」(1993 ) について考察してみようと思う。

この曲を深読み🤣するきっかけとなったのは、近田春夫氏が週刊文春に連載していたコラム記事「考えるヒット」である。


当時の週刊文春は花田編集長時代?(定かでない)、執筆陣もバラエティ豊かで大変面白かった。その中にあって近田春夫氏の音楽コラムは私のお気に入りのページだった。


このコラムでは最近のヒット曲や注目曲を近田春夫氏の目線で解析考察するというもので、ある週、スピッツの「君が思い出になる前に」がテーマに登った。


近田氏は「歌詞に描かれているシチュエーションが今ひとつ理解できない」と、身も蓋もないようなことを😅書いていた。その時スピッツファンの自分は近田氏の意見に、ハッキリとではないが、違和感を覚えたのだ。


それからは、この曲を聴くたびにこのことが頭をよぎる様になったのである。本人はお亡くなりになったし、何十年前の話である。その時受けた印象も今なら違うかもしれない。我ながら呆れるが、気になるものは気になるのである😅


そこで、一度、自分なりに(勝手に🤣)意見を整理してみようと考えた次第である。


近田氏のコラムを読んだ直後の感想は「えっ?シチュエーション⁉️🤭」

頭の中で「君が思い出になる前に」の歌詞を反芻。

シチュエーション❓世界観❓場面設定❓‥‥⁉️

待て待て、ゆっくりと。

当時はApple Musicも無く、CDで聴くしかなかったので、頭の中に思い浮かべるしかなかった💦


頭の中はイントロから‥

「ジャジャンジャ ジャジャン‥‥‥


あの日もここで はみ出しそうな 君の笑顔を見た

水の色も風の匂いも 変わったね

明日の朝 僕は船に乗り 離ればなれになる

夢に見た君との旅路は かなわない


きっと僕ら 導かれるままには歩き続けられない

二度と これからは


君が思い出になる前に もう一度笑ってみせて

優しいふりだっていいから 子供の目で僕を困らせて」



1番の歌詞。いきなり「あの日もここではみ出しそうな君の笑顔を見た」

印象的な歌詞✨


私はここでショートカットのコケティッシュな感じの女の子の顔が思い浮かぶ。ふたりは幼馴染なのかな?


それにしても、この歌い出しは秀逸。スガシカオの「あれから僕たちは何かを信じてこれたかな」や、合唱曲「知らなかったよ空がこんなに青いとは」に匹敵すると思う。


続き


「明日の朝 僕は船に乗り 離ればなれになる」

船?船に乗るの?場面は港?ここは島なの?とは限らないか😅でも、何かやりたいことがあって「僕」はここから旅立つのね。


「きっと僕ら 導かれるままには歩き続けられない 二度と これからは」

「僕」の予感か‥‥これからはふたりの価値観が変わって行くってこと?


「君が思い出になる前に もう一度笑ってみせて

優しいふりだっていいから 子供の目で僕を困らせて」

離れる前に「あの日」の笑顔をもう一度見せて欲しい。




う〜ん🙃

なんだろう

何かしっくり来ない💦



近田春夫氏は「連絡手段も沢山あるのに離ればなれになる環境って何?」とか書いていた気がするが(記憶曖昧)そんな物理的云々の話か?違うだろ?と、当時思った覚えがある😅憶測だが、このテーマは多分編集部からのお仕着せだった❓近田氏には、あまりやる気を感じなかった覚えがある。しかし、私が考えるきっかけになったのでよしとする😅



更に考えた。


当時いた柴犬との散歩中も考えた🧐猫を膝に乗せている間も考えた🤔折に触れて考えていた。スピッツの他の曲も歌詞に留意してじっくり聴く癖がついた。しかし、これだという自分なりの結論も出ずのままだった。


数年が経過した。


あまり考えなくなっていた。


曲を聴くときだけ思い出した。


そして、ある日唐突に自分なりの結論が、降って来た。


それは


ここで出てくる「君」は、人間じゃない。


「君」は「猫」というものだった。




不思議なことに「君」を「猫」と考えるとしっくり来る。私だけかもしれないが😅何故だか納得した。

そうか!猫との出会いと別れなんだと。


2番の歌詞で更に確信する。


「ふれあうたびに嘘も言えず 喧嘩ばかりしてた

かたまりになって坂道を転げてく 追い求めた影も光も 消え去り今はただ 君の耳と鼻の形が愛しい


忘れないで 二人重ねた日々は この世に生きた意味を超えていたことを


君が思い出になる前に もう一度笑ってみせて

冷たい風に吹かれながら 虹の様に今日は逃げないで」



猫と生活している人なら理解できると思うが、猫ってそうだよねって納得してしまう猫ならではの行動の美しい表現だと思った。



一応「君」が「猫」だということで、改めて猫前提で歌詞を解析してみる。




「あの日もここではみ出しそうな君の笑顔を見た」

追想‥「あの日」とは出会った日。「ここ」は港。僕が島を訪れた日。勝手に島だとする。


「水の色も風の匂いも変わったね」

滞在が数ヶ月に及んで季節が変わったのか。


「明日の朝僕は船に乗り 離ればなれになる」

「僕」は帰郷するのか?


「夢に見た君との旅路はかなわない きっと僕ら 導かれるままには歩き続けられない 二度とこれからは」

家に連れて帰りたいと切望するも、色々考えると、やはり野に置けれんげ草‥苦渋の決断💧


「君が思い出になる前に もう一度笑ってみせて

優しいふりだっていいから 子供の目で僕を困らせて」

もう二度と逢えないから、せめて今日は楽しく過ごして欲しい。



2番

「ふれあうたびに嘘も言えず 喧嘩ばかりしてた」

いつかはここを去る。一緒に行こうとも、ずっと一緒だよとも言えない自分が後ろめたい。


「かたまりになって坂道を転げてく」

もやもやする気持ちが塊になって堕ちていく。


「追い求めた影も光も消え去り今はただ 君の耳と鼻の形が愛しい」

この島に来た当初の目的は、もうどうでもいい。「君」に出逢えたから。


「忘れないでふたり重ねた日々は この世に生きた意味を超えていたことを」

語りかけ。思えば「君」と出会うためにこの島に導かれたのかも知れない。一緒に過ごした奇跡のような日々を忘れないでいて。


「君が思い出になる前に もう一度笑ってみせて 冷たい風に吹かれながら 虹の様に今日は逃げないで」

今日だけは楽しくふたりの時間を過ごそう。不意に居なくならないでお願いだから。


勝手に妄想

「僕」はイリオモテヤマネコを写真に撮るため西表島に来た。船が着岸して直ぐに猫🐈発見。カメラを向けた。その猫が、いきなりファインダー越しに自分に笑いかけて来た。その笑顔にドキドキ💓初めて会った気がしない。以前飼っていた猫の生まれ変わりか?との考えもよぎる。


楽しいふれあいが始まった。気が付けばイリオモテヤマネコの写真そっちのけで港にたむろしている猫と過ごす事が増えて行った。毎日楽しくてたまらない。やっぱり以前飼っていた猫に似ている。写真もいっぱい撮った。


そうして日々が過ぎて行った。気が付けば滞在予定の3ヶ月が迫っていた。明日はもう帰らなければならない。一緒に連れて帰りたい。何度思ったか。だけどこんな素敵な島から君を連れ出せないよ。これが永遠の別れになってしまうとしても‥


この後は楽曲「恋する凡人」に続いていくのではないだろうか?と‥妄想は果てしなく続く😅