統一教会を辞めると・・・・

 

死んでいた良心が生き返ります(^▽^)/

 

度々、統一教会の食口は「良心が死んでいる」と述べている私ですが、

そのことは統一教会のジェンダー問題に対する不寛容さからも判断することができます。

 

教会で教えられることだけが正しいという教育を長く受けて来た食口は、自分の頭で考える能力が著しく低下して最終的には思考停止して、現実離れした「天国のお話」や作り物の「可哀そうな神様のお話」を聞いて心地よくなる「お花畑」の状態に脳が退化してしまいます。

 

残念ながらそういう人は、他人の気持ちに寄り添うという人として一番大事な「良心」も死んでしまいます。

 

「良心が死んだ人」の典型的な考え方や行動パターンは、弱い人に攻撃的あるいは無関心になります。

 

マザーテレサが言った言葉で「愛の反対語は憎しみではない、無関心だ」という名言がありますが、食口を見ていると真理を言い得ていると感じます。

 

一体、どれくらいの人が統一原理に出会い、教会に通い、共にみ旨を歩んできたでしょう?

 

と同時に、どれくらいの人が統一教会から去って行ったでしょう?

 

今現在、統一教会に残っている人たちよりも教会から去って行った人の方が何100倍も多いわけですが、その人たちへの仕打ちを見れば「食口の良心が死んでいる」という私の主張も理解してもらえると思います。

 

当の食口は気が付きません。

 

関心すらないので(´;ω;`)

 

教会を途中でやめた人に対する呼び方は「〇〇さんは落ちた」と言っていました。

今思えば、見捨てた感満載の冷たい言い方です。

教会を去った人に教勢拡大以外の目的で声をかける人はいなかったと思います。

 

拉致監禁問題に最初に声を上げたのは、統一教会とは何の関係もないただのジャーナリストでした。

 

大きくは3つに組織が分かれましたが、それ以前にも分派はいくつかあってそれらに対する仕打ちたるや嫌がらせ以上の惨い扱いでした。

 

これらの結果、95%の2世は教会に来なくなったわけですが・・・

文鮮明氏は「2世が堕落したら救いがない!」と言ってましたけど・・・

もはや親も諦めてますよね(´;ω;`)

 

散々、自分たちよりも立場の弱いかつての仲間には血も涙もない仕打ちをしておきながら、少しばかり世間から叩かれたくらいで自分たちの被害者ぶりをアピールするのは良心が死んだ人にしかできない自己中心な芸当です。

 

次回から本題の「ジェンダー問題と良心基準」について語って行きたいと思います。

 

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