長野県松本市にある、松本民芸館へ。
「民藝」とは、簡単に言うと、名もなき職人の日用品における芸術、と言ったところだろうか。大正15年、柳宗悦が中心となり「民藝運動」が発足した。
というくらいの知識で、これまでも民藝と名の付く展示会には足を運んできたのだが、この松本民芸館には度肝を抜かれた。
何というコレクション!何という情熱!
柳宗悦に共感したという丸山太郎の研究と、収集のすべてが展示されている。丸山太郎自身が書いた絵や色紙、松本の菓子店の包装紙などもあり、アーティストでもあった彼の、審美眼の豊かさがうかがえる。
日本だけでなく、エジプト、アフリカ、イラン、韓国、エチオピアなどの手仕事による工芸品も興味深く、まるで夢の世界にさまよっている気持ちで館内を歩く。
はて、この感じはどこかで、はるか昔から知っている。ふと故郷倉敷の大原美術館での記憶が蘇る。子供の頃から折に触れ訪れたこの美術館で、柳宗悦やバーナード・リーチの名前を知ったのだった。
調べてみると、目黒にある日本民芸館を開館するのに、大原美術館を設立した大原孫三郎が出資し、息子の総一郎にいたっては、日本民藝協会第2代会長を務めたというではないか。そう、倉敷のもう一つの観光名所でもある倉敷民芸館こそ、全国に点在する民藝運動によって創られた民芸館の一つであったのだった。
私の懐かしさ、私の趣味、美しさへの憧れ、心地よい日用品への執着、けっして高価なものではなく、高名な作家によるものでなく、ごくありふれていながら、用と美を極めようとするものへの嗜好が、民藝運動と、故郷の風景と今になって合致したのだった。
ちなみに倉敷の大原美術館へは、通算100回、とまではいかないものの、50回以上は訪れたと思う。子供のころから刷り込まれたものが、醜いものでなく、この上なく美しく、素朴であり、華美でなく、大衆でなかったことに、今感謝するのみである。
