野口武彦によれば、日本近代の「小説」の目的と方法は、坪内逍遥の『小説神髄』(明治18)の「小説の主脳は人情なる」という一句、「只傍観してありのまゝに模写する心得にてあるべきなり」という一節によって決まった。
「人情」を描くために「模写」を用いるのが「小説」だと言うわけだ。
「小説」のテーマを「人情」という言葉で説明し、それを書く方法を「模写」という言葉で説明したのである。
これを私たちに親しみのある言葉で言い直せば、個人の「内面」を書くのが「小説」のテーマであり、その書き方としては「写実」という方法を用いることになる。

石原千秋『漱石と三人の読者』