人間はその欲望する本性によってさまざまな矛盾を生み出してしまう存在だが、それにもかかわらずこの矛盾を引き受けつつなお《生きようと欲する》。まさしくここに人間存在の本質がある。そういう考え方のうちに「悲劇」の概念の核心がある。それがニーチェの主張である。
ニーチェの力点は、人間はその欲望の本性(生性への意志)によってさまざまな苦しみを作り出す存在だが、それにもかかわらず《この欲望(生への意志)以外には人間の生の理由はありえない》、という点にある。これがニーチェの「ディオニュソス的」という概念の核心部なのである。「生の是認」というニーチェ独特の言い方はそういうことを意味している。
こうして、ニーチェの「悲劇」の概念は、人間の生は「苦しみ」の連続だが、この「苦しみ」ということをどう了解するかという問題に深くかかわっていることがわかる。

竹田青嗣(ニーチェ入門)