なぜ僕がフランス文学の中でもネルヴァルにこだわり続けたのかというと、ネルヴァルにはある種のしどけない散文の実践があるからなんです。
バルザック的なかっちりした小説が完成を見ている時代にあって、むしろエッセイ的な、あるいは旅行記的な枠を使いながら、徐々に虚実に踏み込んでいく。
散文の自由な実践をとおして、ある種の独特なフィクションを生み出していくところがあるんですね。
「吉野葛」などを読むと、その知的であると同時にしどけない書きぶりに、ネルヴァルを想起せずにはいられない。

  野崎歓「異邦を求める文学」(文藝別冊 谷崎潤一郎)