「トレーン」というのはボルヘスの短篇に出てくる仮想世界の名前です。
そこでは私達が信じている素朴な唯物論ではなく、観測しないなら何も存在しない、要するに心しか存在しないという別の常識が支配的な世界が描かれます。
トレーンでは誰も見ていなければ月は存在せず、そもそも「月」を表す名詞すら無くて「暗い=円い、上の、淡い=明るいとか、空の=オレンジ色の=おぼろの」というような形容詞の連なりがあるだけだそうです。
瞬間聖者や瞬間動物たちの世界とも言えるでしょう。
なにしろ、今日から明日までずっと存在する月、もしくはあなたや私、という「もの」は存在しないし、だからといって、今が特別重要なわけでもありません。
今が特別だと思うのは、私達のような、今以外の存在も暗黙に認めている俗人です。
死の恐怖はありません。「死ぬ者」がいないからです。

西川アサキ(ユリイカ シン・ゴジラ)