山本芳明は、漱石の門下生鈴木三重吉が大正三年に『彼岸過迄』から「須永の話」だけを独立させて「現代名作集」の一冊として刊行したことが一つの契機となって、その後発表された『行人』『こゝろ』の作風とも相まって、漱石をめぐる評価の機軸が「人格」をめぐる言説へとパラダイム・チェンジしたと述べている。
これは、一人漱石に限ったことではなく、大正期の文壇全体を覆う出来事だったのである。

    石原千秋『漱石と三人の読者』