オストルンド『ザ・スクエア 思いやりの聖域』。現代美術の展示をめぐる映画だが、ひとの境界を踏み越えるひとが多数出てくる。でもそもそもアートは境界を超えるものであり、いったいひとが境界を超えてくる行為がどこまでストーリーでどこまでアートなのか見ているうちに眩暈になってくる。映画は眩暈

イランのファルハディ映画にもどこか似ていて、無数のひとが無数のひとと関わるうちに、いったいなにが核で、なにが倫理で、なにが関係で、なにが終わりなのかがわからなくなってゆく。でもなにかが続き、誰かが傷ついてゆく。それを映画が映して終わってゆく。そのとき映画ってなんなのか。