つげさんに「退屈な部屋」っていうすてきな短編マンガがあって、妻に内緒で部屋を借りていて、なにをすることもなくぼんやりそこで退屈そうに寝転がっているだけだったんだけれど、ある日、妻にその部屋がみつかって、で、妻とふたりその部屋でぼんやり過ごしているんだけど、ふっとふりかえると、とつぜんわけもなく妻が「あたし脱いじゃった」って服を脱いでいるんですね。

だからといってなにが起こるわけでもなく、セッ クスをするわけでもないんです。でも、そのときの裸がとても特徴的なんです。それまで、ある程度、シンプルだった描線でつくられていた人物が、全裸になったしゅんかん、とつぜんデッサンのような細かい描線でリアリスティックに描かれる。

《裸》だけが、このマンガでは、リアリスティックなんですよ。

もっというと、夫がふりかえって、とうとつにあらわれた妻の裸だけがこのマンガではリアリティをもっている。

あとは全部、マンガ的なんです。

で、たぶん、つげマンガのリアリティってそういうものなんじゃないかと思うんですね。ぼんやりしたなんでもない描線のなかで、うだつのあがらない時間がずっと流れている。でもとつぜん、親しいひとが、ふりかえると、《違うタッチ》で、《違う筆致》であらわれる。

それは主人公が、《なれないもの》でもあるんですよ。でも主人公が目撃したからこそ、それは《違うタッチ》であらわれた。

で、こういうのってマンガでしかあらわせないようなきがするんです。夫にとって妻だけが違うタッチをもってしまった。でもそのタッチを成立させたのは夫であるという。

だからこの「退屈な部屋」って、その《退屈さ》がうんだ《特別な部屋》でもあるとおもうんです。




つげ義春さんのサイン。