むかし、ムームーを着てきた女の子がいて、わたしはどうしても、それってムームーだよね、といえなかった。
そして、ときどき、とおく離れた場所から、じっとそのひとをみていた。
あれってムームーだよな、とおもって。
だが、行き交うひとびとはムームーには無頓着であった。
わたしだけが、ムームーに頓着し、執着していた。
ムームー。わたしは、マジックワードのように、それをとなえた。
ほしくさにもまれて眠るようなやさしい響きのすることばだとおもった。

むかし、スモックを着てきた女の子がいて、わたしははじめ、なにかの冗談だと、おもった。
そして、いやまてまて、絵をふだん描いているのかもしれないな、絵を描くときはスモックとか着るもんじゃないのか、ちがうのか、スモックを着るのは幼稚園児かドリフの合唱のコーナーだけかとおもったけれど、そうおもいながら、また、とおく離れた場所から、じっとそのひとをみていた。
そして、やっぱあれ、スモックだよな、とわたしは、おもった。
スモック。鼻をとおるさわやかなS母音から、おだやかなM母音へのこころよい響きが、あった。

むかし、アノラックを着てきた女の子がいて、だが、もう、わたしはおびえなかった。
逆に、いい、とさえ、おもった。アノラックなんて逆にいいよ、と。その発想いただきます、と。
そでぐちのゴムさえも、愛した。
出口なしってかんじのあのゴムのそでぐち。
なぜ人はそこまで服に緊縛されなければならないのか。
そんなことすらも、わたしは大仰にかんがえた。
すべては青空のしたのできごとだった。
わたしはなにかことあるごとに空だの星だの風だのでかたづけてしまうのはいやだとおもっている人間である。
でも、あのときは、それでもいいのかな、とおもった。
アノラックもよくみれば、ワンピースに、みえた。
いや、よくみないでいれば、ワンピースに、みえた。
わたしは、ワンピースだね、といった。
女の子は、なにいってんのこいつ、という顔で、ずっと、わたしを、みていた。
いたるところ青空みたいなかんじで。