《美しき夜たれ猫の鈴外す》

松岡瑞枝さんの句集は、句集そのものがひらけばあふれる光の缶詰のようなきさえするが、もしこの句集からいくつかキーワードをあげるとするならば、たとえば上にあげた句が率直に示すように、《決意=美しき夜たれ》と《別れ=猫の鈴外す》なのではないかとおもう。
ただし、彼女にとって決意や別れとは、けっしてネガティヴなものではない。だからといってポジティヴなものでもない。それはどちらでもないものである。どちらでもないからこそ、その《あと》がわからないものである。しかし、《それ》はやらねばならなかったことでもある。そうしなければ《美しい夜》もこなかったものである。

《お別れに光の缶詰を開ける》

別れの際にひらかれる光の缶詰。ここでは、それが缶詰であることに注意したい。
缶詰とは密封されたものであり、その持ち主でさえ、じつは中身を実質的にはうかがいしることができない。だからこそ、缶詰というのは《開封》するということが圧倒的な意味をもつ。それは《不可逆》だからだ。あけたら、もう、もとには、もどれないし、かえれない。
でも、だからこそ、《それ》は決意をもって、あけなければならない。とくに《別れ》のさいには。
しかしながら、それは、光の缶詰である。缶詰のなかに、《ひかり》がはいっていることは、わかっている。どんなひかりかは、わからない。しかし、不可逆な猫の首輪をはずすように、わたしたちはそのひかりをみるために缶詰をあけなければならない。缶詰は、詰めるためにあるわけではなく、ひらくためにあるのだから。
それはどうあろうとも、密度のあるこれからのひかりになるはずだ。

《また一人飛んだ傷だらけの羽で》

そう、傷だらけでも飛んでいかなければならない。