たとえば、ときどき、じぶんの部屋に、わたしの知らないお菓子がおいてあることが、ある。
きっとだれかがおいていったんだろうな、とおもう。
そのひとが大切にして置いていったお菓子だから、たべちゃいけないんだろうな、とも。
でも、しんや、わたしは月にひっぱりだされるように起きあがり、しかたがないんだだれもわるくはないんだというかんじで、そのお菓子をたべてしまう。深夜のお菓子はおいしいから。深夜にたべるサンドイッチはたまんないねえ、といったのは、ムーミンパパである。ムーミンパパではないが、わたしも、そうおもう。

結婚しなくても部屋にしらないお菓子が増えていくのだから、結婚したらもっと知らないお菓子がふえていくんじゃないかと、わたしは、おもう。
じぶんが帰宅すると、戸棚にわたしの知らない、かたあげチップスがはいってる。それは、うすくらがりのなか、かがやき、ひかりをはなっている。おいしそうだ。そうじゃないか、と、ムーミンパパが、いう。ええ、とわたしは、いう。でも、わたしのじゃないから。どうかな、とムーミンパパが、いう。ねえ、あんたなんのために結婚したの、と。わたしは、はっとする。たしかに。あのときわたしは、わたしに愛の誓約をさせた神父にこういったのだ。
一生お菓子たべていっても、いいですか。わたしのしらないお菓子を。むしろ。

ムーミンパパが、ちからづよく、うなずいた。くいなさい、と。ていねいないいかたをするなら、おたべなさい、と。
すこしならだいじょうぶだろうばれないだろうとおもって、わたしは、お菓子を、たべはじめた。おいしいね、ムーミンパパ。いまは深夜じゃないけれど。これは、サンドイッチでもないけれど。
けっきょく、わたしは、ぜんぶ、たべつくしてしまった。〈はじまれば、おわる〉という箴言もある。はじまったから、おわったのだ。
だが、わたしはしてはいけないことをしたのだということは、ちゃんとわかっていた。
だからそこにあったかたあげチップスのかわりに、肩たたき券をそっと置いておいた。紙で速攻でつくったやつだ。どこかあたたかさをかんじずにはいられない肩たたき券だ。かたたたきけん。そのぬくもりのわりに、なんといういいにくさなんだろう。

お菓子をたのしみにして帰ってきた妻というひとが、ざんねんです、とわたしにいった。わたしは、ふっと、妻の背後からのぼりあがる月を、みた。すごい速さだった。ああすごい月だ、とわたしはおもった。ねえ聞いてるの、と妻がいった。わたしは、月を、みていた。それはすこし、わたしのしらないクッキーに、みえた。