ひまがあると折り紙を折っていた。
こんなにも美しい色とりどりのかみがみをどうしてわたしはすっかりわすれていたんだろうと、むさぼるように、折りつづけていた。
これまでなんどもなんどもこころも意気地も折ってきたのに、こんなにもいちまいの紙を折ることがへたくそだったとは思わなんだ、と、わたしは、真夜中、ひとり、無心に、祈るように、折りつづけた。

日曜日。
わたしが折り紙のくずのなかにうずもれてつっぷしていると、ゆうじんがやってきた。
それはひさびさのことだった。
どうしたの、いったいこれは、
とゆうじんがいう。ちらっとみたら、うつくしい手をしていたので、なんだかひどく憂鬱になった。
あのね、折り紙なんだ。ぜんぶ折り紙なんだよ、とわたしは、いった。
動物になれなかった、動物になれたはずの。
わたしは、そのままをそのままに、ゆうじんに、いった。
わたしが可能性をつぶしてしまったんだ、この手で、
といって、もういちど、ちらとゆうじんの手をみた。
何年か前にわたしはこの手がわたしに世にも恐ろしい書類をもってきたときのことを、はっきりと、おぼえている。
わたしは、あわてふためいて、あとずさりさえした。うまれてはじめて、しりもちというものをつきそうにさえ、なっていた。ゆうじんは、しずかに、動じず、わたしがここでずっとみているからあなたはそれを記入しなさい、といった。
そのときのわたしに差しだされたゆうじんの手が、燃えるように白かったのを、いまでも、わたしは、はっきりと、おぼえている。

ゆうじんは、折り紙を、いちまい、手に取った。
ああそれはあのときのそらみたいな色だ、とわたしは、おもった。
あのときのように、ゆうじんはわたしにその折り紙をさしだして、わたしがここでみているからおってみなさいよ、といった。また、手が、しろじろと燃えはじめているのを、わたしは、そのとき、いっしゅん、みた。
わたしはだまって、ゆうじんの隣に腰を下ろし、折り紙を折りはじめた。こうしてみるとあんがいわたしの手だってわるくないじゃないか、とわたしは、慢心しはじめていた。

いちどだけ、折っているさいちゅう、わたしは、窓からのぞく、空を、みあげた。それはわるくないそらだった。おだやかで、しずかで、もしなにかをはじめる日やおわる日があるならこんなそらがいいな、とおもうような空だった。
ゆうじんは、だまって、わたしのとなりにすわりつづけていた。ねむっているんじゃないかとさえ、わたしは、おもった。
雪がしずかにふりつもっていくような、折り紙を折る音だけが、室内にひそやかにひびきつづけていた。この折り紙を折ったら、舌がやけどするぐらいの、熱い紅茶をのみたい、と、わたしは、おもった。

できた、とわたしは、いった。
できた、と。

なんなの、とゆうじんは、いった。
これは、なに。

象だよ、とわたしは、いった。
象のあたま。

わたしはゆうじんと象のあたまを、みる。
これはたぶん、象のあたまだ。
テーブルのうえに閉じこめられた、一頭の、半壊の象だ。
ゆうじんは、なにもいわなかった。手に取ろうとさえ、しなかった。わたしもなんといっていいかわからなくて、だまっていた。折り紙を折ったあとで、言いだすためのことばなんてまるでなかった。なんにもしゃべりたくなかった。
わたしたちは、ずっと、だまっていた。
部屋をぶちやぶって、うしなったあたまを取りかえしにくるはずの象を、ただしずかにひたすらに待ちつづけているように、わたしたちはだまりこくっていた。
空も、手も、折り紙も、すべてのものが音を立てて、しずかに、もえながら、やわらかく折りあげられていくように、わたしには感じられた。

テーブルには所在もなく投げだされ、行き場をうしなったままの、折りあげられた象のあたまがある。
わたしとゆうじんは、まだ、だまってみていた。お湯がしゅんしゅん沸く音がするのに、わたしもゆうじんもたちあがらなかった。
ゆうじんが、なにか、いったはずなのに、わたしには、なにも、なにひとつ、きこえなかった。
わたしは、だまって、じぶんが折ったはずの象のあたまをみている。
こうやってみていると、折りあげられた象のあたまは、こわれた心臓のようにも、みえる。