小学生低学年の

こどもたちを

教えていたことが、ある。


かれらは、よく、ねむる。

召されるような感じで、きもちよさそうに、ねむる。

起こしても、とろんとしている。まだ、あっちがわに、いるのだ。

わたしのそでをにぎったまま計算問題を解きおえ、

カタカナをまちがえたまま一所懸命に書きつづっては、

きもちよさそうに鼻をほじる。そうして、また、わたしのそでを、ひしとにぎる。

ときどき、窓越しの、空をじっとみている。

そして、だしぬけに、じぶんがだいすきな本について、語る。

おちょくると、うれしそうに、よろこんでいる。

絵を描いてあげると、眼をまるくする。

そして、また、ねむる。ゆめを、みて、いる。


かれらと、駅まで、歩いたことがある。

「先生はドラえもんの魔界大冒険のあの表現は

どう思った?」

というので、

「うん、そうだね、あれはすごかったよね。とくに大魔王の心臓にびっくりしたよ。あんなにどでかい心臓が浮かんでいるなんて」

と、わたしは、いう。

空をみあげたままどこかにいこうとしているこどもがいるので、

そっちは駅じゃないよ、とあわててとんでいく。

かれは、たぶん、空にいこうとしていたんだと

おもう。そらだって、いこうと思えば、いけるのだ。