学生時分、


わたしは飼い犬のエスに

よく告白していた。


今日あった誰にも話せないことを


打ちあけるのである。


エス以外に胸襟を開く相手がいなかった。、




すいません、

実は今日もさぼって

高校に行かなかったのです。





エスは、黙って、よく聴いてくれた。


わたしがなにをいおうと、


怒りも、あざけりも、笑いもしなかった。


ただただ耳をすませていた。

だから、わたしは話を続ける。


彼女は黙ってわたしの眼をみている。


エスは誰かがしゃべっているときは


かならずきまってそのひとの瞳を


じっとみつめるくせがある。


わたしは、はなしつづける。





いつも降りるはずの駅で

降りなかったのです。

そのまま、とおくの

しらない街にいきました。

降り立った

名前のないその街は

なつかしいにおいがして

わたしは帰れるかどうか

不安になりました。

でも、かえらなければならなかった。


もしかしたら、あすには


わたしはわたしでないわたしに


変化するかもしれないから。

ぼんやりとたたずんでいるうちに


夕日がおちようとしていました

わたしはまた切符を買って

ひとひとりいない鈍行列車に

のりこみました。

やがて、


わたしの知っている川が、

木々が、ビルディングが、学校が、

みえてきました。

わたしは帰ってきたのだと

そう思いました。


列車は、朝、わたしが降り立つはずだった駅に


ふたたび、停車しました。


下校際の学生たちが


どやどやとはいりこんできました。

わたしは


その人群のなかで

ふいに、


わたしとは違う高校に通う


中学校の旧友に

でくわしました。

「どうしたの? そんな顔して」

と彼女はにこにこしながら

いいました。

「うん。ちょっとね」

とわたしは、いいました。

「ちょっとさ。うん。」

わたしのことばを聴いて、

彼女は「そう、ちょっとなのね」

といって、にっこり笑いました。

そしてわたしの隣にこしをおろし、

そのまま、すやすやとねむりこみました。





家に帰ると

母が、シチューをつくっていました。

父は講義のための書き物をしていました。

わたしはソファに腰をおろして、

わたしの隣で沈み込むようにふかく腰をおろし

寝息をたてていた彼女のぬくもりを

思い出していました。

シチューが食卓に運ばれ、

父はノートを閉じました。

「どうしたの、にやにやして」

と母がいうので、

「うん、ちょっとさ」

とわたしはいいました。