事故を起こして以来、車は運転していない。

なに、たいしたことではない。


前に進まなければいけないところを後ろに進んだだけだ。


そして、一気呵成にパニックになり、


さらに後ろに進み続けただけなのだ。


でも、うしろにも限りがある。どこまでも進めるわけじゃない。


寺山修司もいっている。


「ふりむくなふりむくな、うしろには道がない」


そうだ。うしろには壁がある。




わたしは母親を迎えにいく途中だった。


だから、そのまま、べこべこになった残骸のような車で母をひろいにいった。


みんながこっちをみていた。口をあけてこっちを見ているおばあさんもいた。


こんなに注目されるなんてはじめてのことじゃないかな。


わたしはアクセルを踏み込む。

遠くからでもよくわかる場所に母は立っていた。


はるかかなたから、すっかり待ちくたびれた母親が


わたしの車をみつけて、顔を輝かせるのがわかった。


でも、車が彼女に近づいていくにつれて


彼女の顔から輝きが、すり抜けるようにしてたちまちに失われていくのが


わたしにはわかった。


かわりに、疑惑と不信と絶望の色が顔一面にみなぎっていった。


いままさに不意打ちのように眼にさせられているだしぬけの現実を、


彼女はけっしてしんじられないし、しんじたくもないという顔をしていた。


まったく同じふうな、彼女のこんな顔をわたしはかつて


一度だけ眼にしたことがあった。


わたしが高校を中退した日だ。


彼女は黙ってダイニングテーブルに座り、ずっと中退届けをみていた。

あれからいろんなことがあった。でも、こうしてまだ生きてる。


どうにかなるもんだ。なんにも心配することはない。


わたしは呆然とたちつくしている彼女の横に


手際よく車をつけ、ドアをあけて言った。




やあ、母さん。遅くなってごめんよ。


さあ、家に帰ろう。父さんが昼飯をつくって待ってる。


でもちょっと寄り道するのも悪くないかもしれないな。


きっとこれが、ぼくの、最後のドライブになる。