現在は、日本は長寿国世界一になっており、「高齢化社会」の先を行く「人生100年時代」に突入しました。つまり、これからの人生設計、ひいては自己の資産形成を考える際にもこの「人生100年時代」という新しい視点を織り込まないと大局の判断を誤る可能性が高いという事です。


このような状況の中で、これまでの社会、経済環境の中で一般的に言われてきた見識、常識の一部が、通用しなくなってきたりしてきます。つまり、変わるものと変わらないものが混在するようになる訳ですが、「何が変わって何が変わらないのか」を自分なりに見極める事が肝要になってきます。

マンション購入、マンションによる資産形成において、これまで一般的に言われていた事の1つに「資産形成、特に相続税対策には高層階が良い」という事が有ります。「高齢化社会」、「人生100年時代」においてもこの見識は、果たして正しいのでしょうか?

まず、「なぜ、高層階は相続税対策に有利なのか?」と言う事ですが、既にご存知の方も多いかも知れませんが、高層階は低層階よりも購入価格が高い割に相続税の評価額は、低層階のそれとほぼ同額なので遺産相続としては安価な税金で済み、実際にその相続人(子供など)が売却すると依然、高値で売却出来るからです。つまり、そのマンション代金を現金の形で相続する場合と比べて、非常に少ない税金で遺産(資産)を相続出来る訳です。


そもそも、「なぜ、高層階は高いのか?」というと、一義的には「高層階の方が見晴らしが良いから」というのが、その理由でしょう。ここでは、その事自体の是非は一旦、置いておくとして、皆さんも多分、薄々気付いておられると思いますが、実際は、その眺望そのものの価値よりも「高層階」という「社会的ステイタス」「プレミア」感に金を払っているのではないでしょうか。


それを間接的に証明する状況証拠が有ります。それは、中古マンションの売却価格です。あるいは、賃貸価格でも良いでしょう。本来、高層階が持つ「見晴らしが良い」という利点(ベネフィット)に対して追加的なコストを上乗せするに足るだけのベネフィット(便益)が有るのであれば、新築物件だけで無く、中古物件でも高層階は低層階よりもその便益の分だけ価格は高くなっていないとおかしい訳です。

しかし、中古物件には、新築物件のように1階階数が上がる度に一定額の金額が上乗せされるような価格設定は一般的にはされていません。これは、賃貸価格でも同様です。じゃあ、中古物件は何で価格設定されているかと言えば、それは物件の間取りであり、ロケーション(向き、エレベーターに近いなど)なのです。

これは、私が直接不動産会社の方と議論した際の彼らの共通の認識なので、大まかには間違っていないはずです。ちなみに豊洲のある中古物件の販売価格を階数別に見てみると下記のようになります。

【豊洲中古物件 坪単価 2019年実績】
階数 坪単価  平均面積(平方メートル)
3F 228-242万円 85-95
7F 254-270万円 75-84
9F 246-260万円 68-76
13F 241-260万円 65-73 
18F 249-263万円 106-118


やはり、階数による有意な価格差はどうも、存在していないみたいです。ちなみにこの物件の18Fは、エグゼクティブフロアのため、そもそも間取りが広めの高級物件が中心です。それでも、下層階と比べて、有意な価格差は有りません。


これは一体何を表しているかと言えば、少なくとも中古物件に限って言えば「眺望は価格を構成する主要な要因にはなっていない」という事実です。では、新築であろうと中古であろうと同一の物件であれば、そこから見えている眺望はまったく同じはずなのに、なぜ新築時だけ階数で追加の費用が上乗せされるのでしょうか?


答えは不明です。ただ言える事は、新築物件を購入するユーザーは、「眺望」に対して追加的なコストを払う事に意義を唱えてはいないという事です。つまり、「眺望」に対して「プレミア」的価値、物質的な価値では説明しきれない情緒的価値を認めているという事です。一方、不動産業者にしてみれば、そういうプレミアを乗っけた値段でも購入するユーザーが居るのであれば、そういう値付けをするだけの話です。

実際、不動産会社も購入者のその心理を知ってか、一般的なマンションの新築分譲時のフロア別の価格差は、平均的には+30-50万円に設定しているそうです。1階、階数が上がるたびに30-50万円位づつ高くなっている訳です。ちなみに平均売価が1億円を越えるような高級なタワーマンションでは、大体、+100万円位の価格差を設定しているようです。

しかし、こうした価格の「見立て」が成立したのは、多分、日本の高度成長期の頃では無いかと思います。つまり、日本の経済も上り調子で、日本人の平均年齢もまだ若かった時代に構築されたものでは無いかと推測します。そして、現在もこの価値観を業界の既成事実として機械的に踏襲して価格設定しているだけの話では無いかと思っています。

当時の居住者(ユーザー)は、好景気で経済的ゆとりも有って、その高層階のプレミア的な追加コストを払っても尚、「高層階」=「社会的ステイタスが高い」と言う「優越感」「エグゼクティブ感」を享受出来る事を重要視した訳です。更に年齢も相対的に若かったので、体力も有り余っていたので、肉体的にも元気だった事も有り、1階のエントランスから自分の玄関にたどり着くまで下手をすれば5分位、かかるのもそんなに違和感を感じなかったのでしょう。

実は、当時でも「猿と同じで、馬鹿ほど高い所に登りたがる」と高層階に住む住人を揶揄する風潮は有って、高層階の住民はそれを十分、認識していたのですが、それよりも自分の優越感の方が勝り、「買えない貧乏人のひがみ根性だ」と言って、それを逆に笑い飛ばしていました。


1970年代の高度成長期の日本を象徴するTV CMで、音楽家の山本直純が「大きいことはいいことだ!」と歌う「森永エールチョコレート」のCMが有りました。戦後の復興から高度成長期に入り、日本を挙げて「物質文明万歳!」の時代は、「大きいこと」「高いこと」「速いこと」がエライ事でした。

産業界は、新日鉄のような正に「重厚長大」産業が持てはやされる時代でした。「高いこと」では、当時、日本一高いビル「霞ヶ関ビル」が建設され、「速いこと」では、東海道新幹線が開通しました。そしてマンションでは絶対的に「高層階」がエライのです。


しかし、果たして21世紀の「高齢化社会」、「人生100年時代」でもこの価値観は継続されるものでしょうか?「少子高齢化時代」になり、日本人の平均年齢が上がってきて、わかりやすく言えば、今後は益々、「1億総老人化」していく訳です。(次回に続く)

 

長文にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。