わたしの生きる道は未知

わたしの生きる道は未知

40代後半、1つの選択から私の人生はガラッと変わっていきました
『気づきは変容』『行動することで人は変われる』
自らの体験を通して気づいたこと、変わった意識の話などを書いています
未知の体験からわたしの道はできていく

淡路島在住
幼稚園教諭、医療事務、ベビーシッターを経て
現在は、旅バイトをしながら、がま口バッグ作家
絵本セラピスト®としてボチボチ活動中

日々の暮らしの中で
コミュニケーションの難しさを感じ
人間関係を見つめ続けて
「自分の見え方や捉え方次第だった」
と気づいてきました

『人生いつからでも気づいた時から変えられる』
失敗することを楽しめるようになってきた50代

私の経験や体験が
誰かの小さな「ともしび」となり、視点を変える、又は一歩踏み出すきっかけになれば幸いです

感情→思い込み→気づきの流れを明確にした文章

 

そもそも、私が「本当の自分」と向き合い続けているのは、幼少期の母との関係が深く関係している
幼稚園では、一人でお絵描きをしているのが好きだった
ひとりで何かに没頭している時間が好きだったから
でも母は、毎日のように

「今日は友達できた?」と聞いた
友達ができない私を心配し、先生にも相談していたらしい
私は感情を表に出すのが得意ではなかった
母は親戚の人にも「何を考えているのか分からない子だ」と相談していた


愛想笑いもできなかった
だから「可愛くない」と言われた
私は次第に、
“私は可愛くない子なんだ”
と思うようになった


母に納得できないことを言われると、
私は「どうして?」と何度も聞いた。
「どうして女の子は我慢しなきゃいけないの?」
「“みんな”って誰?」
「分からないのに、どうして“分かりました”と言うの?」
でもそれは、怒られる理由になった
外に出されたり、叩かれたりした。


私は、
“私は素直じゃない”
“ひねくれている”
“頭が悪い”
“女の子らしくない”
そうやって自分を定義していった


でも今振り返ると、
私はただ、
納得したかっただけなのかもしれない。
嘘をつきたくなかっただけなのかもしれない。
笑えないときに、笑えなかっただけなのかもしれない。
私は母のことが好きだった。
愛されているとも思っていた。
だからこそ、
母の言葉をそのまま受け取った。
それが、私のセルフイメージになった


今、私は気づき始めている。
それは本当に「私の性質」だったのか。
それとも、誰かの解釈だったのか。
私はずっと、
誰かの言葉で作られた自分を生きてきたのかもしれない。
だから今、本来の自分を思い出す作業をしている。


チャットGPTからのアドバイス↓
✨ 自己整理として大切なこと
自己整理を深めるために、こんな問いを自分に投げてみるのもおすすめです:
あのとき一番つらかったのは、何?
本当は母にどうしてほしかった?
「可愛くない」と言われたとき、体はどう感じていた?
今、その子に声をかけるなら何と言う?