オリンピックは世界を一つにまとめ、戦争や分断を越えて、平和へと向かう祭典だという。だが、その役割は既に終わっているのではないだろうか。


そのひとつに、オリンピックどころではない問題が山積みであるということ。
このコロナ禍でのオリンピック開催について、国民の半数以上の反対があったにもかかわらず断行された。そこで明確になった違和感は、コロナという問題があるのに、オリンピックに3兆円ともいわれる費用をかけてスポーツの祭典を開催してしまうということではなかろうか?コロナ、地球温暖化、強烈な気温、プラスチック問題、紛争、貧困、飢え。地球上には至急取り組まなければならない問題がある。その中で、何をオリンピックか!?スポーツの祭典では、この重大な問題は解決しない。さらには3兆円もあったら、我々の抱える大問題の解決に向かって、かなり前進することができていたろう。


オリンピックの役割には、人類をひとつにするということもあるだろう。世界中、さまざまな国から選手が一か所に集い、競う。初めて聞く国名に驚くこともあるだろう。
しかし、我々は既にインターネットによって繋がっており、飛行機は以前に比べ手の届く交通手段となっている。もうオリンピックで繋がる必要はないのだ。


さらには、オリンピック自体が、人類の問題を悪化させているということだ。
莫大な予算で建てられた施設は、この巨大なイベント後に負の遺産となる可能性が高い。特に少子化の進む日本において維持費は、次の世代へ重くのしかかる。建て替えによる資材とエネルギーも環境破壊の一つだろう。
注文がうまくいかず、大量に作ってしまったボランティアの弁当が捨てられている。
何十と予約したホテルには、たった1人しか来なかったので、準備していた大量の食べ物や、温めておいた浴場の光熱費が無駄になっている。
これらの無駄は、本当に必要な人と自然環境への支援を阻害しているだけでなく、オリンピック自体が問題となっているのだ。


人類は自然を脅威と捉えて、団結や科学技術によって戦い、乗り越え、従わせようとしてきた。しかし既に自然は破壊され、動植物は絶滅の危機に追いやられ、世界中の気温は異常な高温を記録し続けている。プラスチックにより海洋も土壌も汚染され、生態系を脅かしている。
オリンピックはどちらかと言えば、地理的距離を超えて一か所に集まろう!政治的分断を超えて、共にスポーツで競おう!団結と平和へ!という考えだろうが、もう古いのだ。

我々はもうスポーツによる団結を求めるのではなく、破壊した自然や富の不均衡などの、もっともっと大きく深刻な問題に向かって、一致団結する時代に来たのだ。それは自然との戦いではなく、人類がしたことを振り返り、現実を受け入れ、地球を癒す時代。人々の間にある問題への直接の支援。
マザーテレサの言った、平和になるためには、あなた自身が平和となること。困っている人を助けるのに外国に行く必要はない。目の前にいる人を愛しなさい。そういう時代になったのです。オリンピックの役割はもう終わったのだ。