「最後に呼ばれた子」 — 小学生の記憶
小学校のある日の音楽の授業でのこと。笛の練習をするために、クラスを6班に分けることになりました。まず班長が6人決められ、班長たちが前に並び、ひとりずつ自分の班員を呼んでいく――そんなやり方でした。名前を呼ばれた子は、班長の近くへと移動していきます。
他の子たちの名前が次々と呼ばれていくうちに、私の胸の奥はざわつき始めました。
そして、最後まで私の名前は呼ばれませんでした。クラスの人数は37人。見事に、私だけが取り残されたのです。1人の女の子の班長が残った私の名前を呼んでくれ、班決めは終わりました。
誰かがこの結末を迎える事、先生はわかっていたはずなに、、何故こんな決め方をさせたのかな。
誰からも選ばれず、自分だけが残される時間の長さ。ものすごく恥ずかしくて、どうしようもなく悲しかった。泣きたいくらいだったのに、なぜか必死に笑って、何事もなかったかのように振る舞ったことを今でも鮮明に覚えています。
しかも、私を入れてくれた班長は「友達」だと思っていた子でした。遊んだり話したりした記憶があったからこそ、きっと彼女が私を選んでくれると漠然とした思い…「一緒の班になろうと思っていたよ!」と言ってくれたけど、でも、最後の1人になってから呼ばれた事で「私の優先順位はここなんだ」と感じました。この心の痛みは、単なる悲しさとは違う鋭さを持っていました。
この出来事は、私が「人と関わること」に臆病になったきっかけのひとつです。誰かに選ばれない経験は、無意識に「自分の価値」を測る物差しになってしまいました。グループに入るときにためらいが出たり、相手の中での自分の順位を気にしすぎてしまったり。人づきあいの場で萎縮してしまうことが増えたのです。大人になった今でも、似たような場面に出くわすと、小さな子どもだった私がふいに顔を出してしまいます。
もしこの話を読んで「私も同じ経験をした」と思う人がいたら、あなたの気持ちもきっと分かります。小さな出来事が長く心に残り、人との関わり方に影を落とすことがある――その事実を、ひとりでも多くの人に知ってほしいのです。
私は今でも時々この時の事がフラッシュバックする事があります。
過去の辛い記憶を上書きするには、どうすればいいのでしょうか。
アドバイスが欲しいです。