厳しかった雪との戦いが、終わり
北国もやっと春を迎え
暖かな、ご機嫌なお天気が、続いています。
私は 一週間、外に出ていません。
当然、今真っ盛りな桜のお花見も行ってません。
杖がわりの車も運転することもなく、
買い物は、旦那にお願いして「おこもり」しています。
外に出れないわけではないのですが、
今私が外に出るとしたら
「マスクにサングラス」
どう見ても異様です。
マスクだけだと…
マスクだけでも、
私の左半分をよく見れば、旦那がdv夫で、
私はかわいそうな奥さんと
世間様に誤解を与えそうで
一週間前の夜、
風呂あがり、自分の部屋で引っ転び、顔を打つ羽目になり、「それはそれは物凄い顔」になりました。
左の眼を中心に、ボクシングのブローを受けたみたいに、
次の日の朝に鏡を見たら、紫色にぐるりと染まりました。
はっきり言って、自分の顔でも、そら恐ろしい顔です。
これは現実か、夢であってほしいと、毎日鏡を見て、顔と一緒に心もヤラれてしまいました。
鏡をを見るたび、ショックで心臓が止まりそうになります。
食欲も無く
夜も、眠れません。
婆さんだから、当然、老化したシワ・シミだらけの顔は受入れ生きていけますが、
今の「この顔」は、自分の生きてきた人生の不幸事でナンバー3に入るか、
いや、No.1
もう、それくらい(お見せできませんが)酷い事になってしまいました。
ですが、おりおり考えると、
問題の一番は、なぜそんな事になったか!ということです。
顔はなんとかなるけれど、いい歳こいて何やってるんだという恥ずかしさと、鬱々した心でいっぱいです。
私は、三年前の日本中がバリバリのコロナ禍の時
「断酒」をしました。
飲酒によって、体調を悪くするたびかけこむ近くの病院の医師は
「アンタにやる薬はない」
「行く病院が違う」
つまり、酒を、やめることが一番の治療で「精神科」に行けというのです。
当時コロナ禍で、あちこちの精神科の病院の入院病棟がその被害にあっているニュースはよく目にしていました。
私は、肝機能の検査で出た結果の数値に驚ろいて、頭がクラクラして病院から帰って来たことは今でも忘れません。
こんな事やっていたら、
「私、死ぬな」
はっきり自覚しました。
アルコール依存症の患者のする事は簡単です。
酒を飲まなければいい、ただそれだけです。
それができないから、問題なのです。
理性や意志が通用しない世界です。
そして、当時は(今でもそれなり)コロナという事で社会の機能が麻痺している状態。
自分の命が大切ならば、何をすれば良いのか、答は決まってます。
その時から約2年、断酒を続けることが出来ました。
さあ、今回私はどうして転んでお岩さんのような顔になったんでしょうか。
一年前から、「シェーン・カンバック」
私は、精神科に行くことはやめて、自分の意志で酒とお別れすることにして、一時は出来たのですが。
やっぱり、このザマ。
一年くらい前から、すこーしだけ、すこーしだけとまたお酒を飲み始めました。
私は、台所で料理をしながら立ち飲みする、典型的なキッチンドリンカー。
二年間、病院に行くこともなく、専門のカンセリングも受けることもなく、取りあえずは「断酒」に成功しました。
最近富に口にする言葉
「つまらない」
何をやっても良い環境にいるのに、熱中するものがない。
いや、いや、そんな綺麗事は言うまい。
時間だけはいっぱいあり、さしてやりたいこともないなら
昼酒は簡単。
コロナも治まったし
精神科に向かい診療を受けることにしました。
そして、診察を受けたその日の夜、おもいっきり転んで「岩山岩子」になりました。
今は、その出来事と結果がショックで、毎日家から一歩も出る事が出来ず、うなだれています。
これは、何か神様の継承なのでしょうか。
どんな効能のある薬を服用しても(お酒を辞めるのを助ける薬)でも、自助会に参加しても
毎日毎飲酒を辞める、辞めているという現実がなければ、治療しても意味がありません。
私はこの一週間、一滴もアルコールを飲酒していません。
いや〜、参りました。
どなたからの鉄槌でしょうか、
こんな顔にしてくれてありがとう。
取りあえずは、今日一日から。