難しい日々の疑問
を書きます(^O^)
私は次の朝、仕事や用事が
ある場合目覚まし時計を
セットするが
その通りに
起きれた試しがない。
いや、とりあえず
目は覚めるんだけど
目覚まし時計を止めたあと
もう一度ベッドに入り
寝てしまうのだ。
典型的な朝が弱い人に多い
熟睡していてアラームに
気付かなかった
とゆうパターンは、
私には当てはまらない
目覚ましを
自分で止めたことは
しっかり覚えているのだ。
目覚ましを止めた記憶が
あるのに何故その後
ちゃんと起きれないのか
というと、
私にとって、
「目覚ましを止める」
という行動の目的は
「起きる」
とゆうことでは
ないからなのである。
要は、私にとっての
「目覚ましを止める」
という行動の目的は、
「目覚ましを止める」
ことそのものになって
しまっているからである。
もう少し
分かりやすく言うと、
普通の人の場合
「目覚ましをセットする」
という行為の
帰結点にあるのは
「起きる」という
行動なのである。
そしてその過程にあるのが
「目覚ましを止める」
という動作だ。
「目覚ましをセットする」
「目覚ましを止める」
「起きる」
という流れである。
しかし私の場合、
「目覚ましをセットする」
という行為の帰結点に
あるのは
「起きる」
という行動ではない。
その代わりに存在するのが
「寝る」という行動。
つまり、
「目覚ましをセットする」
「目覚ましを止める」
「寝る」という流れだ。(笑)
「目覚ましをセットする」
という行為から何故
「寝る」
に帰結するのかについての
解説は後に譲る。
同じ
「目覚ましをセットする」
という行為から始まり、
「目覚ましを止める」
という過程を経ながら、
どうしてこう全くもって
正反対の結果が出てくるのだろうか。
その謎の答えは、
睡眠による思考変化にある。
普通の人の目覚ましを
セットする目的が
「起きる」ことにあるのはすでに書いたが。
「起きる」ためにセットした目覚まし。
それが今鳴っている。
うるさい。
ムカつく。
カルシウム足りない。
止めよう。
目覚ましを止めた。
そう、
「目覚ましを止めた」
今その時、あなたは
「起きている」のだ。
「起きる」ために
セットした目覚ましで
起きれたのだから、
ここまでは計画通りだ♪
しかし
目覚ましをセット
した時の予定では
そこから「寝る」
などという行為に
つながるはずはない。
私が目覚ましを
セットする理由は
「起きる」ことだ。
しかしそれは、
目覚ましをセットした時点
での目的に過ぎない。
寝るときは翌朝きちんと
「起きれる」ように
目覚ましをセットするが、
翌朝目覚ましで
目が覚めたときは
「起きる」という
目的などどうでも
良くなっているんダ!!
これが睡眠による
思考変化である。
これによって
当然のように矛盾が生じる。
寝る前の目的は「起きる」
起きた後の目的は
「もっと寝る」
というように、
まるっきり
正反対の考えに
変わっているにも
かかわらず、
「目覚ましをセットした」
という事実だけは
変わらないからだ。
目覚ましの音によって
目が覚めた後の
「もっと寝る」
という目的に従えば、
「目覚ましが鳴っている」
「うるさい」
という思考パターンから
「眠るために目覚ましを止める」
という行動に結びつくのは
驚くほど自然な流れ
だったのである。
これは人間の
本能的欲求による
なにかしらの
ものすごい発見である。
(笑)
私はこの偉大な発見に
名前を着けた
その名前は
「二度寝」。
うん。
くだらない事を
超長々と
書いてしまった('∀')テヘ
まぁ暇だったから
許して(^O^)
ここまで飛ばさないで
読んだあなたはすごいね!
スゴイヨ\(^O^)/
そんなわけで←どんなわけ
今日の1日 書きますよ♪
今日は朝、最初に書いた話を考えながら
仕事した(笑)
まぁお疲れさまして
航くんのベッド
買い行ったよ(^O^)
翼優佑基佳から♪
航おめでとう\(^O^)/
そのあとはサイゼリヤ
行ったり
駅いたり。
まあそんな感じ(^O^)
はたみくに遭遇したね(^ω^)
今日は
いっぱい書いたから
この辺で終わり。
DSよりバルカンクラッシック
の方がかっこいい気がしてきたな~('∀')
そんなわけで
バイビ~\(^O^)/