セキセイインコが言葉を話せるようになるには、という記事を書こうと思いいろいろ調べていたところ、セキセイインコは基本的な文法を理解することができるというのを見つけた。
いったいどういうことぞ!?となってしまい、セキセイインコがなにをもって話しているのかいよいよわからなくなったので、ここではエッセイにして記録しておこうかなという気持ちになった。
私はぴよたんに言葉を覚えてもらいたかった。ペットショップではしゃぐ彼女を見てから、夜、彼女をお迎えしたらばという未来の想像をベッドでした。私はぴよたんと会話しじゃれついたり、彼女が話しながら楽しそうに首を振ったりするのを見るのが理想としてあったし、家に迎えてからも何カ月かは毎日仕事に行く前や帰ったあとにも言葉を覚えてもらう練習をしていたけれども、彼女は話してくれなかった。
だからか。世にあるセキセイインコが話せるようになるための方法みたいなものには穿った見方をしてしまう。
やはりどうしても雄であるほうが言葉を話しやすいだろうし、雌でも話すセキセイインコはいるだろうけれども、それは個体による性格が多分に影響していると思わざるを得ない。
セキセイインコが話すきっかけは飼い主のことが好きでコミュニケーションを取りたくなったから、みたいな記事を読むと、「じゃあうちのインコは私のこと愛してないのん?」となって、それではあまりにさみしすぎるではないか。
簡単な挨拶のひとこと。おはようやおやすみさえ言ってくれればと、ふとしたときに思ってしまうことがあったけれども、基本的な文法の理解をしていて、人間の5歳児程度の知能がある、というのを今日見知った結果、うちのぴよたんは日本語を話すようにぴよぴよ言っているんではないか、と思った。少し意味が伝わりづらいだろうか。
つまり幼子がぶーぶー、と言えば車をさしていたり、むいむい、と言ったら髪の毛をさすように、うちのぴよたんもぴよぴよ、と言えば餌をさしており、ぴよぴよ、と言えば水をさしていたり……。いやそらそうやんけ、と思うかもしれないが、そういうことではない。
つまり、人間の伝える言葉をはっきりと理解しているわけではないが、日ごろの生活のなかで飼い主が話したあとに見せる行動を覚えており、言葉と動作の関係を抽象的にイメージとして理解できるということが分かった。
それは我々が知らずうちに言葉を話すようになり、けれども単語ひとつひとつの意味を理解しているわけではない、というものに通じるところがある。
5歳児程度の知能があるとすれば、幼子が擬音語や自ら作り出した独特の単語を使用するようにセキセイインコもまた、伝えたいことがあるときに正確ではないけれどもはっきりとした抽象的イメージをもって我々に伝えていることがある。
けしてうちのぴよたんが、私のことを愛していないわけではなく、ぴよと言って私に伝えたいことがある。それは愛かもしれないし餌のことかもしれない。
話せなくても、エアコンのスイッチの音真似しかしなくとも、私たちはコミュニケーションを取ることができる。
ぴよたんは年をとってからよくおやすみカバー越しにぴよぴよ小さな声でさえずっている。
心配になって覗くときもあるけど基本的にはそっとしておいている。
私たち人間は夢を見る。それは五感のなかでもっとも視力に頼っているからなのだが、であれば犬は夢を嗅ぎ、モグラは夢に触れる。鳥はどんなふうに夢を感じるのか気になるところである。