先週、義父の実家がある、福島県の原発近くの町へ行ってきました。
義父の実家は原発20キロの警戒区域内。
現在は昼間のみ、一時帰宅が許されているので、今回はそこで親戚皆集まってお食事をいただきました。
手作りのほっき飯のおにぎりと、大根の煮物、地元のお寿司やさんのお寿司。
地震がある前は、毎年当たり前の行事だった。
もうこの場所で、こうして皆でほっき飯を食べることはできないと思っていた。
食べた瞬間、嬉しくて涙が出た!
家は放射能の影響で修理することもできないまま、地震当時そのままの姿。
津波も床下まで来たので、流れついた瓦礫は片づけて処理もできないまま庭の隅に置いてある。
未だ崩れかけている米蔵。
実家の周辺は、壊れたままの、崩れたままの家や、ぺしゃんこになっている家、草が生い茂っていて人影のない庭ばかり。
車がぐちゃぐちゃになっていて、フロントガラスのところには草が生えている。
そこらじゅう、横転したままの車、トラックの荷台。本当にものすごい数!
曲がってぺしゃんこになっているガードレール。
あれから二年半も経つのに、どうしてここだけ時が止まっているんだろう。
まるで、ラピュタのようだ。
原発のことがなければ、とっくに元の姿に戻って暮らせているのにと思うと、悔しくて切なくて息が詰まる。
放射能の恐怖で町を見捨てるしかない現実と、地震当日から何も進んでいないというもどかしさ。
本当に素敵なところなのに!
暑い中にも涼しい風が吹いていて、緑も美しく、高台に上ると最高のロケーション!!!
なんとなく私の故郷に似ていて、素朴で、町の皆が繋がっていて、おいしいものが豊富で暮らしやすくて・・・もし自分の故郷がそうなったら耐えられない!
今の自分の住む場所が、もしそうなったら、許せない!!!
今回も今までも、写真を撮ってブログに載せようとも思いましたが、あまりにも辛くて、写真なんて一枚も撮れなかった。
どうか、これからの未来に、こんなことが起こらないよう。
願うばかりです。
私は、すっかり地震前の生活に戻り、こんな現実があることを忘れかけていました。
日本でこんな現実もあることを、どうか覚えていてほしいです。