短大2年になる直前の春休み。
舞は、帰省する京也について、初めて彼の実家を訪れた。
一週間ほどの滞在。
京也の家族とは面識があった。
夏、両親が旅行がてら京也の家へ来たことがあり、
食事へ誘われたときに。
でも、京也が育った【家】へ行くということは
舞にとって特別なことだった。

初めて二人で乗った飛行機。
空港から電車に揺られ、海がすぐそばに見える駅から
さらに20分ほど車を走らせたところに実家はあった。
潮の香りが心地よく、優しい両親と可愛い犬が迎えてくれた。
滞在中には、京也の地元の友達とも会った。
高校時代の野球部の仲間や後輩が集まる飲み会に
同席させてもらって新鮮で楽しくて。
でも、自分の知らない京也がいるようで切なくて。
けどやっぱりあったかい。
京也が生まれた街が、舞は大好きになった。


そして舞たちは、進級した…
後輩ができ、部活も本格的に始動。
休日は、連日練習試合。
試合帰りに、ユニフォームのまま海へ行ったりして。
海へ飛び込んでびしょ濡れになったりもした。
皆の中にいつも舞がいた。
でも。
リーグ戦がはじまると部員のみの行動機会も増えた。
なかなか帰ってこない京也に不満があったわけじゃない。
ただ皆から一人、取り残されたような気がして淋しかった。
『●●大学と練習したあと、ラーメン食って帰るから!』
『やっぱゲーセンも寄ってこうってなったから!』
『ボーリングしてから帰るね!』

連絡だってちゃんとくれてた京也。
でも、ラーメン食べたりゲーセン行ったり
ボーリングしたり。
舞も…舞だって皆と一緒に遊びたい!
そんな衝動はついに爆発する。


一人で京也と皆の帰りを待つだけの日が続いたある日。
舞は淋しさから、お酒に手を出した。
酒は強くもないけど、弱くもなかった。
皆で飲み残した焼酎からカクテルまで、
昼間わずか1時間で、飲みまくった。

当然、酔いはすぐにまわり、気持ちがよくなって
マンション4階の京也の部屋ベランダから
身を乗り出して叫んでみたり、
階段の踊り場で、駐車場を眺めながら
あろうことか、舞は眠ってしまった。

そこへ帰ってきたのが、同じマンションの向かいに住む後輩のシュウジ。
舞の異変に気付き、すぐさま部屋へと連れ帰ってくれた。
はっきりと意識があったわけではないので
記憶も曖昧だけど、シュウジは泣きながら愚痴る舞に
暫らく付き添っていてくれた。

京也が帰宅したときに、誤解を招かないためにも
シュウジは先に帰宅した。
それから少し眠っていると、京也が帰宅。
安堵感からか、一気に気分が悪くなり
舞はトイレから離れられなくなる。
舞の空けた缶や瓶を見て驚きながらも
帰ってくるなり、介抱してくれる京也。
でもその顔も認識できない。
顔面蒼白で上からも下からも、
おさまることなく垂れ流し状態。
京也は、風呂場や洗濯機にトイレを
何度も何度も往復しながら、
舞のあまりの状態に


『救急車、呼ぼうか?』


と言った。
舞は訳もわからずに頷き、
10分ほどで救急車が到着。
『わかりますかー?』
『動かしますよー!』
『ほら、彼氏さん!名前呼んであげて!』

そんなような会話が遠くで聞こえた気がした。
結局舞は、4階から救急車へ向かうための担架へ乗ることを拒絶。
その場で【急性アルコール中毒】を告げられ
京也は、救急隊員から応急処置や
介抱の仕方を教えられていた。

その日は終始、気分が悪く、翌日も学校へは行かなかった。
京也は責任を感じ、一緒に学校・部活を休み
付き添ってくれていた。
1週間ほど学校へは行かずに、
二人で海へ行ったり、公園で昼寝をしたり
舞の体調が回復するまで、何も言わずに
京也はついていてくれた。
そしてもちろん、仲間の誰にもこの話はしないでいてくれた。

この大失態から、舞が学んだことや気付いたことはたくさんあった。
何より、部活が忙しくても就職活動に悩んでいても、
彼女でもある舞、以外の友達との時間を楽しみながらも
こんなにも愛してくれているんだと実感した。
試したつもりはない。
でも、騒動が落ち着いたあとで京也は



『なんであんな姿の舞を見ても、素早く自分が動けたのか。
今までのオレなら、ありえない・冗談じゃないって
面倒になって別れてたと思う。
そんなオレを舞が変えてくれたってことだよな
てか、舞じゃなかったら、やっぱ別れてるかもだけど!』

そう言って笑った。

その頃の舞は、舞らしさを失っていた。
進級と同時に、就職活動が本格化し、
卒業を意識しながら毎日を過ごしていたから。
舞と京也の今後はもちろん、
卒業後、地元へ戻るという大半の友達たち。
今ある楽しい毎日が、限られたものであるなら
1分1秒も無駄にしたくない。
早く帰ってきて。
もっと皆で飲みたい。
出かけたい。
遊びたい!

そんな焦りで押しつぶされそうになっていた。

しかし、事件のあと。
たくさんの目に見えない優しさに触れた舞は、
日々を楽しんで過ごそう。
昨日よりも今日。
みんなの笑顔と声の中で、
笑いの耐えない学生生活を送ろうと心に決めた。


夏休み、就活のため帰省する仲間の予定を合わせて
泊まり掛けでテーマパークへ。
咲の誕生日が近かったこともあり、
サプライズパーティーも企画して。
遊園地を楽しみ、バイキングでお腹いっぱい食べて
夜は部屋で花火を観ながら飲んだ。
突然のバースデーケーキと色紙に
美人の咲は顔をくしゃくしゃにして
泣いて喜んでくれた。
寝不足と二日酔いのまま、翌日は朝からテニス。

この頃から、車3~4台で連なって遠出することが増えた。
みんな、思い出作りに必死だったのかもしれない…


舞と京也は、ミニウサギを飼うことにした。
世話は楽ではなかったけど、
生後間もないグレーのウサギを買い、可愛がった。
そして舞の就職先が、一足先に決まったんだ。
短大1年夏。

大学の夏休みは長い。
部活生は合宿に遠征と忙しいながらも
10日間ほど、お盆休みが与えられた。
地方出身者が大半を占めるため、
帰省する人がほとんど。
でも、京也は地元にも帰らず
毎日教習所に通っていた。
夏休みの終盤には、免許を取得。
ドライブという時間が二人の中にもりこまれた。
でも、舞と京也の休日の過ごし方はというと

二人で近所をブラブラ散歩をする。
近くの川原で寝転んで、何時間も話をする。
公園でお弁当を食べる。

という、穏やかなものだった。
新学期が始まると、また同じ仲間達の顔。
楽しい毎日。
もちろん、小さな問題はあった。
少ない女子の中でも、仲良くしていた咲が夏休みから、
夜のバイト(ホステス)をはじめた。
咲は、仕送りを家賃分しか貰っていなかったため
食べる・遊ぶ・その他の費用は
すべて自分で賄っていた。
見るからに美人の咲はすぐにナンバー入りをして
着るものも変わり、持ち物も変わり、
見た目もすんなり【夜の女】になっていった。
それを良く思わなかったのがエリカ。
二人の間にできた溝は深く、卒業・その後も
修復されることはなかった。

間に挟まれた舞は困惑した。
どちらかを無視したり、どちらかの味方をするような問題でもない。
でもクラスに数名しかいない女子間で
いざこざがあるというのは厄介だった。

京也とはクラスが違うし頼れない。
やっぱり女子特有の陰湿な雰囲気に耐えられず
舞は日々、京也に愚痴を聞いてもらいながら
仲間達に支えられて学校へ通う毎日。

エリカには同じクラスに彼氏がいた。
舞と京也が付き合った直後に付き合いはじめたこともあって
親近感を持たれ、何かあるたびに
一人暮らしのエリカ宅に呼び出され
相談を受けていた舞。

困ったのは二人が喧嘩をしたとき。
夜中だろうがお構いなしに、泣きながら電話がきて。
彼氏は激情するエリカに太刀打ちができず
近所の友達の家へ逃亡。
舞は、エリカをなだめに家へ向かい、
京也が彼氏の居所をつきとめ、戻ってくるように仕向ける。
一番参ったのは、バレンタイン。
激しい喧嘩の勢いで、前日一緒に手作りしたチョコを
ゴミステーションへ捨てたと泣きながら叫ぶエリカ。
またそれも、舞と京也がバレンタインに珍しく二人きりで
夕食を作り、いただきます!をする直前のこと…
例によって電話で呼び出されて
泣きながら別れる!と連呼するエリカを部屋に残し、
舞は一人、真冬の夜中にゴミステーションをあさってチョコを捜索。
部屋に戻り、京也が彼氏を説得し連れ帰ってきて
舞が京也と帰宅。

またか…なんて思っていても、何かできるならと
エリカのため、気持ちが落ち着くように
できることはしてきたつもりだった。
でも、どんなに舞が力を貸しても
エリカから【ごめんね】や【ありがとう】は疎か
仲直りの報告すら、されたことはなかった。

舞と京也は、そんなエリカたちカップルに不信感を持つようになり
咲との険悪な関係も手伝って、
次第にエリカとは疎遠になっていった…

できるだけ仲間内で問題は起こしたくないと
どんな無理な状況でも(外出先から・睡眠中だろうと)
電話がくれば駆け付けた。
でもそれが、舞自身を追い詰め、それをいつも隣で見て
支えてくれていたのは、京也だった。

皆で年末の温泉へ1泊の忘年会に繰り出したとき。
一人だけバイキングで張り切りすぎて
食中毒で倒れ、夜中じゅうトイレで吐き続ける舞の隣には
自分はどこも気持ち悪くない、もっと皆と楽しく飲みたかったかもしれない京也が
眠気をこらえて、ずっと舞の背中をさすってくれていた。

今ならわかる。

彼氏彼女の関係以上の、絶対的な信頼関係があって
舞と京也は笑っていられたんだね。
運命の人だったんだって、悲しいけど今も信じてるよ。
初めて1日の大半を一緒に過ごす付き合い。

それが毎日二人きりではないのだけれど
舞にはそれが心地よくて。
一人暮らしをはじめたばかりの京也の部屋に
野球部の面々が部活帰りに続々遊びにくる。
舞が学校帰りに立ち寄る頃には
もう玄関は靴で溢れかえり、部屋の中は
タバコ臭く、汗臭く、男臭い。
そこへ立ち寄り、京也とイチャイチャするのが舞の目的ではなく。
皆の中に二人がいる。
それが心地よくて楽しい。

雨の日は部活が休み。
学校から真っすぐ車に乗り込みドライブ。
夜は行きつけの居酒屋で、飲み食い歌い、
それから家で朝まで語り明かし、
寝ないで学校へ…
週末は街へ繰り出したり、夜中にカラオケへ走ったり。
京也と二人の時間は少なかったけど
皆の笑顔と笑い声の中で過ごせる幸せを噛み締めていた。

まだ付き合って間もなかったある日の夜。
居酒屋からカラオケへとはしごした舞たち。
先発隊と後追い部隊に別れて店に入り、歌い出してから30分が経った頃。

突然、部屋に見覚えのある男が奇声をあげながら殴り込んできた。
それは、ほんの数分の出来事で。
男は、同じ学校の同じクラス、ひとつ年上で
皆から一目置かれる同級生だった。
と同時に、入学から仲良くなった咲の地元の先輩でもあった。

男は咲も含めた仲間達と、歌いながら飲み酔っているようだった。
部屋へ乱入してくる数分前に、
トイレに立った京也が隣の部屋に咲を見つけ、
薄暗い部屋を覗き込んだことを
自分に対して【ガンを飛ばした】と勘違いした酔っ払い男。
仲間の制止も聞かずに、部屋に入るなり
京也めがけて、何度もこぶしを突き立てた。

一瞬にして凍る部屋の中。

罵声を浴びせながら、京也の顔面を殴り続ける男。
必死に何人もが止めようとするも、
男の暴走はとまらない。

殴られても殴られても、やり返さない京也の姿に
舞たちの仲間の一人が『やべーよ!もう!今、店の人呼んで警察呼ぶから!』
と叫んだ瞬間、京也が恐ろしいほど鋭い目つきで
殴られながらも冷静な口調で

『いや、警察とかやめろ』
と言った。
ほんの数分。
ただ殴られ続けるだけの京也に、やる気も失せたのか、
男の勢いは次第に衰えて。
問題は舞。
男の殴り合い(この場合は一方的なものだけど)を初めて目の当たりにした。
しかも、付き合いたてとはいえ、
大好きな大切な人が目の前で殴られ血を流している。
無意識に舞は、何度も京也に覆いかかった。
その度に京也は、舞まで殴られることを心配して
舞を突き飛ばした。
それでも飛び付く舞に、男のパンチがヒットした。

ショックのあまり、その前後の記憶がない。

気付いたとき、舞は部屋の外で泣きながらコウキに慰められていた。
『京也も舞も何も悪くないよ。オレら皆ついてるよ』
そう言いながらコウキは、泣きじゃくる舞の背中をずっと
さすってくれていた。


カラオケは当たり前にお開き。
友達たちは、この事件に怒り心頭で
ひそかに仲間の家に集まって話し合いをするとのこと。
京也は、家に帰る・一人になりたいと言った。
舞は、怪我が気になりながらも
一人になりたいのなら、無理に一緒にいないほうがいいかな?と思い
皆と一緒に行こうか?と京也に聞いてみた。

殴られている最中から、京也の目は恐ろしいくらいに冷たく
舞が見たことも感じたこともないオーラが漂っていた。
その京也が、舞の腕を痛いくらい力強く掴みながら

『おまえは一緒にいて』

と言った。
殴られた彼氏の介抱・手当てなんてしたことがない。
何を話したらいいのかもわからない。
でも、強く握られた腕から
京也の心細さが伝わってきたような気がして
舞は、京也と二人で家に帰った。

家について京也の第一声は『舞は怪我してないか?』
間髪入れずに殴られたため、舞が男にもらったパンチに
京也は気付いていなかった。
正直に一発殴られて、その前後を覚えていないこと。
でも出血も痛い箇所も今はないことを伝えると
家に戻って落ち着いた京也の目付きがまた変わり
『ぜってぇ許さねぇ!!』
と玄関へドタバタと歩きだした。
取り返しのつかないことになる!と察した舞は
体当たりで制止して、京也の傷の手当てをした。

そこから1時間くらい、沈黙がつづいた。
何も話す必要はない、でも一人じゃないからね。
そんな意味をこめて、手を握ったまま…

すると京也がゆっくり話しだした。

オレは生粋の野球バカ。
でも、中学~高校の一時期、
遊びたい誘惑に負けて、野球を離れた時期があった。
その頃は、悪いこともしたし、警察のお世話にもなって
親家族に迷惑も心配もかけた。
でもまた野球と真剣に向き合い、
野球で地元を離れて大学へ行きたい!と
決意したとき、両親は反対せず応援してくれた。
入学金に学費、仕送りと決して楽じゃない中で
笑顔で送り出してくれて、今オレはここにいる。

今日あそこでオレが殴り返してしまったら…
警察を呼ばれてしまったら…
間違いなく学校からの処分がある。
オレはオレだけの一時的な苛立ちやムカつきで
停学や退学になるわけにはいかないんだ。

そう言ってこぶしを握りしめた京也。


付き合って間もなかったけど、
野球も家族も、舞のことも大切にしてくれる人。
そう、確信することができた夜だった。


翌日、京也以上に舞が、学校へ行きたくない衝動に駆られていた。

同じクラス、学校へ行けば嫌でも昨日の男がいる。
その男と先輩後輩関係にある咲の顔すらも
見れないほど、舞の中であの出来事は衝撃だった。

京也に励まされ登校すると、仲間達が迎えてくれた。
みんな本気で心配してくれていて。
忘れるんだよ。
恐くないよ。
オレら、ついてるよ。
舞、舞?舞!!

それでも同じ空間で講義を受けられる精神状態じゃなかった舞。
違う教室で講義中の京也にメールをした。

『なんか…くるしい。』

京也からの返信は早かった。

『がんばんな!オレんとこまでこれるか?』

『休み時間まで頑張るから帰ろう?』

『まってて』

…その数分後、教室の後ろドアに京也がいた。

自分も講義を抜け出して迎えにきた。
舞も、床を這って脱出。帰宅。
田舎の一本道を二人で歩いて帰った。

辛いのは、京也なのに。
ごめんね、ありがとうって何度も心で思ったよ。
みんなのやさしさを感じながら、
何日か舞は学校を休んだ。スナックでのバイトも辞めた。


時間が解決してくれると信じて…