自分は無力だ。

医師になってから何度も思った。

そういった体験を次への力にすべきだし
実際そうしているつもりだけれど、
患者さんには「次」なんてないのだ。

この目の前の人に対して
自分は無力だ。


だが、(いいわけじゃないけれど)自分は研修医だ。
経験も知識もなにもかも不足している。

それゆえに側にはいつも指導医がいて
きっと自分が無力を感じるとき
指導医はもっと大きな無力を感じるに違いない。

研修医ゆえに不足しており、責任は取れないし取らせてももらえない。
無力感にはワンクッションあって、まだやわらかい。多分。








けれど、一個人としての自分の
今の無力さはどうだろう。

ちからがほしい。
状況をくつがえしたい。
なんとかしたい。
なんとかしたい。


なんとかしたい。

・・・・出来ない。


私は無力だ。 

目の前の状況を変えられない。
ここから救い出すことが、できない。

奥歯が音を立てても
視界が見えないくらい涙しても
手のひらが破れるくらい拳をにぎっても

無力だ。

悔しいと叫べない。
叫んでも無駄だと知っている。

叫べない悔しさが血に溶ける。
血が沸騰する。
実際ここ数日、体温が高い。

きっと自分は一人でいるいま
般若のような形相をしている。

腹が立つのは自分だ。
無力な自分だ。

今を救えないなら何の意味もない。




だが
荒れ狂う腹立たしさと無力感は
私を勇気づける。

無力を嘆くくらいなら
一歩でも先へ行く。

状況を逆転させる力を蓄えて、
いつか、いつか、いつか。








そうか、彼のことを実は愛しているようだ。
とここに至って気付く。

自分はのんびりしすぎていたようだ。
ゆっくり進んで行けばいいと思っていた。


それを十字架と思ったことはないが
いま来たこっちはどうも十字架みたいだ。
同時に来るもうひとつはどうだろう?

いずれにせよ、
1もしくは2もしくは3つも十字架を背負わせたくはないと
そう思ってようやく気付いた。


どうやら彼に愛情を抱いているらしい。
気付いた直後、離れようと決意した。


のんびりしすぎていたようだ。

でものんびりしておいて良かった。
今ならすぐに離れることが出来る。


圧倒的に個人的かつ後ろ向き。





あなたに何が出来る?
あの人のために死ねるのか?

あれはまさしく自殺教唆というやつだ。
その罪に問われないのは、
その人が自殺しなかったためであって、
罪が存在しないからではない。

衝動であれ、言ってはいけないことというものは存在する。
あれはそういう台詞だ。
言ったとたんに後悔し、
吐きそうになるのを堪えた。
でも否定する気など起きなかった。
それが本心だ。

覆水は盆に返らない。
考えたことは事実、
口に出したのはもっと明らかな事実だ。
事実は自分で引き受けなければならない。

愛情は人を狂わせる。
憎しみなどなくても誰かに死を選べと迫れるくらいには。
もっと正確に言うなら、
愛情は自分を狂わせた。

いまも狂ってない保証などなく、
でも何も以前と変わりない。
狂ったことなどないという気さえする。
だとしたら
あまりに滑稽だ。

医師になろうとしてるのも
こうして日々何事もなく過ごしているのも
その人の幸福すら願っていることも。