遠い空の下でもFINAL
久々にもしゃこですの。
ですけれども、今回はちょっと趣が変わった感じで書いてみますの。
そういうわけで思いついたまま書くので、めちゃくちゃ長くなりそうですのw
あの日からもう一週間以上経っちゃったんですのね。
先日、もしゃこが卒業した高校の文化祭が行われた。
最初で最後の、ただ一度だけの文化祭。
何故なら、もはやその高校は存在していないからだ。
数年前に同じ市内の高校と統合され、閉鎖された校舎だけが静かに残されていた。
その校舎は解体が決定し、跡地には公園ができるらしい。
自分の通った校舎がなくなる。
特別な思い入れがあろうとなかろうと、誰しもがそれなりの郷愁を抱くシチュエーションではないか。
まだ校舎が残っている今、これまでの卒業生が楽しく集える最後の機会として、同窓会事務局の方々が企画・実行して下さったようだ。
卒業生はもうみんな成人している。
実際の高校の文化祭ではありえない、アルコールありの文化祭。
なんだかそれだけでもちょっと楽しそうではないか。
もしゃこはお酒は全くと言っていいほど飲めないのだがw
こんな企画がある事は全く知らなかった。
成人するとほとんど同時に函館を離れてしまい、今でもまともに付き合いのある同級生はたった一人だけだ。
その友人もずいぶん前に函館を離れているので、高校時代の友達や学校そのものの情報などそうそう入ってくるはずもない。
彼女の年に一度の帰省時などにその時の函館の様子をちょっときく事はできても、もしゃこの頭には住んでいた頃のイメージだけが浮かび上がる。
何度かもしゃこも帰省はしたが、しばらく前から実家はもう函館にはない。
最後に函館に行ったのはいつだったろうか…?
もうひとり、年賀状と極たまにメールをするもしゃこの好きな先輩がいて、その先輩からこの文化祭がある、とたまたま聞いたから知ったのだ。
彼女も大学から函館を離れて結婚もしてるのだが、お正月の同窓会に出席し、その場でこの情報を得たようだ。
せっかくならたくさんの人に知ってもらい積極的に参加してもらいたいだろう、ととっさに思ってみたところで、もしゃこには上に書いたように友人がひとりしかいないw
結局彼女ひとりに伝えたのみ。
最後というのがそそる。
もしゃこは初め、絶対行こうと思っていた。
これをきっかけに何年も帰っていなかった函館へのノスタルジー旅行にしようなどと脳内計画。
数泊して元町や五稜郭公園、元実家などをひとりでゆっくり見て歩こうなどと。
最終的に行けなくなった。
たった一人の友人も直前で行けなくなり。
もしゃこは行こうと思えばいけたが色々あり、現実的に考えたらここで無理しても楽しむ心の余裕を持てないだろうと容易に察しがついたから行かない事にした。
理由は泊まりたいホテルに空きがなく連泊できないなど、非常にわがままなものwと合わせて色々、で気持ちが行けなくなった、というのが一番近いかも。
行けなかったのは心底残念、ほんとに行きたかったが、結果から言うともしゃことしては行かなくて正解だったと思っている。
あ、結果としてなんていうと見ていてつまらなかったから、などと勘違いされそうでそれは困る。
この文化祭を見た結果ではなく、完全に、100%もしゃこ個人の心の問題なので。
それでも当日はUstのライブをやってくれるということで、とてもとても楽しみにしてた。
家に居ながらにしてそこへ出かけている状態というくらい、はりついて見ていたw
幸い、その日はもしゃこにとっての夏休みの一日だったので、いつも以上に自由にすごしておkだったのだ。
体育館の固定カメラからステージが映し出されている。
おお、今、この時の生の北高の体育館!と、こんなことが出来るこの時代に普段はしもしない感謝をw
北高にはマルチメディア研究会?コンピューター同好会?なるものがあったらしいが、もしゃこの時代にはなかった。
もしあったら入っていた。
そしてPCは全部Macにさせる!と、無駄な野望をいまさら巡らす(というほどハードを構築する能力もソフトを使いこなす能力も全然ないw)
この体育館に、何か思い出はあっただろうか?
体育で変な創作ダンスを踊った、ステージで歌った、あと超恥ずかしいこと何度かw
集まっている人たちはみんな団扇であおいでいる。
そんなに暑かったっけ?と思ったけど、あの日はこちら関東と変わらないくらい暑かったみたい。
世界で一番熱い夏、だものね。
天気にも恵まれてよかったよね。
twitterにぽつぽつとみこしの写真がアップされてきた。
ああ、そういえば夏休み前くらいから準備が始まって、夏休み中にも学校に行って進めていたような…
1年の時、テーマがディズニーだった。
2年、正直あんまり覚えてなくて、なにやったんだ~?w
3年はバカボン?なんでバカボン?w
3年の時はかの友人とクラス分のはちまきを作った。
どこかにしまってあるはずなのに見つからない。
とにかく、なんも考えてないしょーもないさえない高校生だった。
しょーもないのは今も変わっていないがw
ただもしゃこの場合、不純な目的もあったから学校にはちゃんと通えた。
あ、目的は不純とはいっても、心は純粋でしたよ!w
それにしても山の上、3年間よく通ったよな、自転車で、バスで、徒歩で。
吹奏楽での校歌。
一番をちょっと覚えている程度なくせに、ちょっとグッときた。
なんでだろうね。
曲を聴くと所々は思い出すものだな。
体育館のにぎわいはけっこうすごいと思ったけど、Ustの視聴の人数が全然増えなかった(´・ω・`)
もったいない。
やっぱり知らない人が多かったのかな。
Ustについては音が聞き取りづらい面もあったけど、スタッフは足りなかっただったろうし、流してくれただけでありがたいこと。
それにたまに向きを変えたりと、忙しい中、気配りもしてくれてた。
お祭りなので、チャットも盛り上がるといいなと思ったけど、いかんせん人数がw
本当はお祭りでも何でも人ごみやそういう場で騒ぐのは苦手なのだけど、ビーカーコーヒーさんみたいに人と共同で動くというのもなかなか難しい、all or nothingな極端な面も結構あったりするのだが、最後だしせっかくだしという思いで、もうちょっと騒ぎたかったかな、画面の前でありながらもw
それでもほんの少しだけど世代を超えた交流ができた。
この企画がなかったらあり得ないことだよね。
夜の部?のフォークダンスや花火のライブは諸々の理由でできないということで、Mac前のもしゃこたちのファイナルはそこで終わり。
夜となれば意味もなく昂揚しそうで楽しみだったけど、これは仕方がない。
それでもテリーテラオさんがtwitterにその後の写真を都度アップしてくれて、それをみて想像参加。
ああ、フォークダンスには多分もしゃこだけが覚えている小さな思い出がある…けど教えないよw
家の近くで花火大会があったので音と写真のシンクロ率が400%を超えていました!
お祭りが終われば、それが夢だったように日常が訪れる。
少し寂しい…と思ったのも束の間、編集も大変だろうに、担当の方がfacebookやyoutubeに写真や動画を次々にアップして下さる。
それらには知ってる顔も名前もない。
知っている人がいたとしても見分けられない可能性も高いw
けれども、その時の熱気も、過去の校舎の雰囲気も十分に伝わってきた。
それを見ると、普段から何があっても私は18歳!と引かぬもしゃこは(最近は20歳で通してるんだがw)、ほんとに18歳の若さに引き戻されそうだ、心だけなのが癪だがw
まだまだ写真も増えそうで楽しみ。
そうそう、中にすてきな思い出の場所というか、事件現場そのものが良い感じで写っているのがあったので、もしゃこの上手な絵(藁 で再現してみる。
と思ったが、あまりにじょうずすぎた(藁 のでフリーのシェイプを駆使することにしたw
○○ともしゃこはある日、漢文の宿題を忘れた。
その宿題とは、教科書の内容を書き写すだけのもので難しくはない。
ノート1ページくらいの量だったはず。
しかし、提出までに時間がないので、もしゃこたちは中身をかなり抜かし初めと最後だけをまともに書いた状態でごまかしたまま提出したのだ。
全員のものをきっちり確認することもないだろう、ぱっと見でなんか書いてあればきっと切り抜けられる…
甘かったw
☆kitty先生は見逃さなかった。
それより、全体を見ればもしゃこたちの内容の短さが逆に目立ったのだろうと後から思った、ああバカっ!w
放課後だったか、たまたま一緒にいて雑談していた■■ともしゃこは廊下の角を曲がってきた☆kittyと遭遇。
■■の顔をみるやいなや
「○○!」
もしゃこからしたら○○と■■は似ても似つかないし、間違えるなんてあり得ない。
しかし何故か、しばしば○○と■■は複数の先生方に混同される事があった。
もちろん■■は漢文のキセルなどしていなかっただろう。
「○○!お前キセルしただろう!」
といいながらどんどん■■に近づいてくる☆kitty。
何がなんだかわからないという表情でとまどう■■。
自分も怒られる~と思いながらも、人違いに気づかずどんどん■■に迫ってくる☆kittyがおかしくて仕方がない。
笑いそうなのをこらえていると。
「なした~?■■、どしたの?何したの?」
と、ひょっこりキセルの本人○○がひと事のように心配顔で登場。
(なした~?じゃないよ!w あんたと間違われて怒られてるんだよ~www)と、ここでとうとう腹筋崩壊したもしゃこであった。
伝わりづらいかもしれないが、この写真であの時の光景が鮮明によみがえってきて、もしゃこはかなり笑えた。
このエピソード自体ははずっと覚えていて、たま~に思い出し笑いしていたくらいのことなんだけど、他の切り取られた写真のパーツを見る事で忘れていたささやかな出来事たち(もちろんいいことばかりとはいかないけどーw)も思い出されたりで、本当に懐かしく拝見させてもらっている。
こういう言い方はどうかと思うが、正直もしゃこは特に北高に対して愛校心があったとかそういう気持ちはない。
ただその時は何も気づいていなかったが、多感な時期に色々な体験や考え方や出会いやetcetcetc、そういうものを与えてくれた貴重な場所だったのだと今は改めて思っている。
そしてもっと大切に過ごせば良かったとも…
何が一番言いたかったかというと、このような簡単ではない企画に尽力してくださった全ての方々と北高への労いとお礼。
写真を無断で使用しました。
まずいようでしたらすぐに削除しますので、コメント欄でもしゃこに厳重注意をして下さい。
本当はここで書くつもりなどなかったんですのに。
何かどうしても表したくて、ではここでひっそりと記しておきましょうと思いましたの。
ここは見ての通りまともなエントリーもなく、実はcssやカスタムやその他がどのように表示されるかを知るのがもしゃこの主な目的でありましたの。
せっかくだからこの先はふわふわと思いついたりした事を書きましょうかしら?w
ですけれども、今回はちょっと趣が変わった感じで書いてみますの。
そういうわけで思いついたまま書くので、めちゃくちゃ長くなりそうですのw
あの日からもう一週間以上経っちゃったんですのね。
先日、もしゃこが卒業した高校の文化祭が行われた。
最初で最後の、ただ一度だけの文化祭。
何故なら、もはやその高校は存在していないからだ。
数年前に同じ市内の高校と統合され、閉鎖された校舎だけが静かに残されていた。
その校舎は解体が決定し、跡地には公園ができるらしい。
自分の通った校舎がなくなる。
特別な思い入れがあろうとなかろうと、誰しもがそれなりの郷愁を抱くシチュエーションではないか。
北高祭FINAL ー おとなの北高祭 ー
まだ校舎が残っている今、これまでの卒業生が楽しく集える最後の機会として、同窓会事務局の方々が企画・実行して下さったようだ。
卒業生はもうみんな成人している。
実際の高校の文化祭ではありえない、アルコールありの文化祭。
なんだかそれだけでもちょっと楽しそうではないか。
もしゃこはお酒は全くと言っていいほど飲めないのだがw
こんな企画がある事は全く知らなかった。
成人するとほとんど同時に函館を離れてしまい、今でもまともに付き合いのある同級生はたった一人だけだ。
その友人もずいぶん前に函館を離れているので、高校時代の友達や学校そのものの情報などそうそう入ってくるはずもない。
彼女の年に一度の帰省時などにその時の函館の様子をちょっときく事はできても、もしゃこの頭には住んでいた頃のイメージだけが浮かび上がる。
何度かもしゃこも帰省はしたが、しばらく前から実家はもう函館にはない。
最後に函館に行ったのはいつだったろうか…?
もうひとり、年賀状と極たまにメールをするもしゃこの好きな先輩がいて、その先輩からこの文化祭がある、とたまたま聞いたから知ったのだ。
彼女も大学から函館を離れて結婚もしてるのだが、お正月の同窓会に出席し、その場でこの情報を得たようだ。
せっかくならたくさんの人に知ってもらい積極的に参加してもらいたいだろう、ととっさに思ってみたところで、もしゃこには上に書いたように友人がひとりしかいないw
結局彼女ひとりに伝えたのみ。
最後というのがそそる。
もしゃこは初め、絶対行こうと思っていた。
これをきっかけに何年も帰っていなかった函館へのノスタルジー旅行にしようなどと脳内計画。
数泊して元町や五稜郭公園、元実家などをひとりでゆっくり見て歩こうなどと。
最終的に行けなくなった。
たった一人の友人も直前で行けなくなり。
もしゃこは行こうと思えばいけたが色々あり、現実的に考えたらここで無理しても楽しむ心の余裕を持てないだろうと容易に察しがついたから行かない事にした。
理由は泊まりたいホテルに空きがなく連泊できないなど、非常にわがままなものwと合わせて色々、で気持ちが行けなくなった、というのが一番近いかも。
行けなかったのは心底残念、ほんとに行きたかったが、結果から言うともしゃことしては行かなくて正解だったと思っている。
あ、結果としてなんていうと見ていてつまらなかったから、などと勘違いされそうでそれは困る。
この文化祭を見た結果ではなく、完全に、100%もしゃこ個人の心の問題なので。
それでも当日はUstのライブをやってくれるということで、とてもとても楽しみにしてた。
家に居ながらにしてそこへ出かけている状態というくらい、はりついて見ていたw
幸い、その日はもしゃこにとっての夏休みの一日だったので、いつも以上に自由にすごしておkだったのだ。
体育館の固定カメラからステージが映し出されている。
おお、今、この時の生の北高の体育館!と、こんなことが出来るこの時代に普段はしもしない感謝をw
北高にはマルチメディア研究会?コンピューター同好会?なるものがあったらしいが、もしゃこの時代にはなかった。
もしあったら入っていた。
そしてPCは全部Macにさせる!と、無駄な野望をいまさら巡らす(というほどハードを構築する能力もソフトを使いこなす能力も全然ないw)
この体育館に、何か思い出はあっただろうか?
体育で変な創作ダンスを踊った、ステージで歌った、あと超恥ずかしいこと何度かw
集まっている人たちはみんな団扇であおいでいる。
そんなに暑かったっけ?と思ったけど、あの日はこちら関東と変わらないくらい暑かったみたい。
世界で一番熱い夏、だものね。
天気にも恵まれてよかったよね。
twitterにぽつぽつとみこしの写真がアップされてきた。
ああ、そういえば夏休み前くらいから準備が始まって、夏休み中にも学校に行って進めていたような…
1年の時、テーマがディズニーだった。
2年、正直あんまり覚えてなくて、なにやったんだ~?w
3年はバカボン?なんでバカボン?w
3年の時はかの友人とクラス分のはちまきを作った。
どこかにしまってあるはずなのに見つからない。
とにかく、なんも考えてないしょーもないさえない高校生だった。
しょーもないのは今も変わっていないがw
ただもしゃこの場合、不純な目的もあったから学校にはちゃんと通えた。
あ、目的は不純とはいっても、心は純粋でしたよ!w
それにしても山の上、3年間よく通ったよな、自転車で、バスで、徒歩で。
吹奏楽での校歌。
一番をちょっと覚えている程度なくせに、ちょっとグッときた。
なんでだろうね。
曲を聴くと所々は思い出すものだな。
体育館のにぎわいはけっこうすごいと思ったけど、Ustの視聴の人数が全然増えなかった(´・ω・`)
もったいない。
やっぱり知らない人が多かったのかな。
Ustについては音が聞き取りづらい面もあったけど、スタッフは足りなかっただったろうし、流してくれただけでありがたいこと。
それにたまに向きを変えたりと、忙しい中、気配りもしてくれてた。
お祭りなので、チャットも盛り上がるといいなと思ったけど、いかんせん人数がw
本当はお祭りでも何でも人ごみやそういう場で騒ぐのは苦手なのだけど、ビーカーコーヒーさんみたいに人と共同で動くというのもなかなか難しい、all or nothingな極端な面も結構あったりするのだが、最後だしせっかくだしという思いで、もうちょっと騒ぎたかったかな、画面の前でありながらもw
それでもほんの少しだけど世代を超えた交流ができた。
この企画がなかったらあり得ないことだよね。
夜の部?のフォークダンスや花火のライブは諸々の理由でできないということで、Mac前のもしゃこたちのファイナルはそこで終わり。
夜となれば意味もなく昂揚しそうで楽しみだったけど、これは仕方がない。
それでもテリーテラオさんがtwitterにその後の写真を都度アップしてくれて、それをみて想像参加。
ああ、フォークダンスには多分もしゃこだけが覚えている小さな思い出がある…けど教えないよw
家の近くで花火大会があったので音と写真のシンクロ率が400%を超えていました!
お祭りが終われば、それが夢だったように日常が訪れる。
少し寂しい…と思ったのも束の間、編集も大変だろうに、担当の方がfacebookやyoutubeに写真や動画を次々にアップして下さる。
それらには知ってる顔も名前もない。
知っている人がいたとしても見分けられない可能性も高いw
けれども、その時の熱気も、過去の校舎の雰囲気も十分に伝わってきた。
それを見ると、普段から何があっても私は18歳!と引かぬもしゃこは(最近は20歳で通してるんだがw)、ほんとに18歳の若さに引き戻されそうだ、心だけなのが癪だがw
まだまだ写真も増えそうで楽しみ。
そうそう、中にすてきな思い出の場所というか、事件現場そのものが良い感じで写っているのがあったので、もしゃこの上手な絵(藁 で再現してみる。
と思ったが、あまりにじょうずすぎた(藁 のでフリーのシェイプを駆使することにしたw
○○ともしゃこはある日、漢文の宿題を忘れた。
その宿題とは、教科書の内容を書き写すだけのもので難しくはない。
ノート1ページくらいの量だったはず。
しかし、提出までに時間がないので、もしゃこたちは中身をかなり抜かし初めと最後だけをまともに書いた状態でごまかしたまま提出したのだ。
全員のものをきっちり確認することもないだろう、ぱっと見でなんか書いてあればきっと切り抜けられる…
甘かったw
☆kitty先生は見逃さなかった。
それより、全体を見ればもしゃこたちの内容の短さが逆に目立ったのだろうと後から思った、ああバカっ!w
放課後だったか、たまたま一緒にいて雑談していた■■ともしゃこは廊下の角を曲がってきた☆kittyと遭遇。
■■の顔をみるやいなや
「○○!」
もしゃこからしたら○○と■■は似ても似つかないし、間違えるなんてあり得ない。
しかし何故か、しばしば○○と■■は複数の先生方に混同される事があった。
もちろん■■は漢文のキセルなどしていなかっただろう。
「○○!お前キセルしただろう!」
といいながらどんどん■■に近づいてくる☆kitty。
何がなんだかわからないという表情でとまどう■■。
自分も怒られる~と思いながらも、人違いに気づかずどんどん■■に迫ってくる☆kittyがおかしくて仕方がない。
笑いそうなのをこらえていると。
「なした~?■■、どしたの?何したの?」
と、ひょっこりキセルの本人○○がひと事のように心配顔で登場。
(なした~?じゃないよ!w あんたと間違われて怒られてるんだよ~www)と、ここでとうとう腹筋崩壊したもしゃこであった。
伝わりづらいかもしれないが、この写真であの時の光景が鮮明によみがえってきて、もしゃこはかなり笑えた。
このエピソード自体ははずっと覚えていて、たま~に思い出し笑いしていたくらいのことなんだけど、他の切り取られた写真のパーツを見る事で忘れていたささやかな出来事たち(もちろんいいことばかりとはいかないけどーw)も思い出されたりで、本当に懐かしく拝見させてもらっている。
こういう言い方はどうかと思うが、正直もしゃこは特に北高に対して愛校心があったとかそういう気持ちはない。
ただその時は何も気づいていなかったが、多感な時期に色々な体験や考え方や出会いやetcetcetc、そういうものを与えてくれた貴重な場所だったのだと今は改めて思っている。
そしてもっと大切に過ごせば良かったとも…
何が一番言いたかったかというと、このような簡単ではない企画に尽力してくださった全ての方々と北高への労いとお礼。
北高祭FINAL2012の成功を心から喜んでいる。
離れた場所にも熱い夏をありがとう!
写真を無断で使用しました。
まずいようでしたらすぐに削除しますので、コメント欄でもしゃこに厳重注意をして下さい。
本当はここで書くつもりなどなかったんですのに。
何かどうしても表したくて、ではここでひっそりと記しておきましょうと思いましたの。
ここは見ての通りまともなエントリーもなく、実はcssやカスタムやその他がどのように表示されるかを知るのがもしゃこの主な目的でありましたの。
せっかくだからこの先はふわふわと思いついたりした事を書きましょうかしら?w
北高祭FINAL specialリンク









ましょうかしら?

