モーセはイスラエルを、葦の海から旅立たせた。
彼らはシュルの荒野に向かって、荒野を3日の間進んだが、水を得なかった。
マラについたが、そこの水は苦くて飲むことができなかった。
こういうわけで、その名はマラ(苦い)と呼ばれた。
民はモーセに向かって、「何を飲んだらよいのか」と不平を言った。
出エジプト15:22-24
3日前、葦の海を越えた時は、踊り狂って賛美した連中がだ、
荒野をちょっと彷徨った途端にこれだ。
モーセはいっつも主の側に立つと、民衆から突き上げを食らう。
こいつらを「乳と蜜の流れる土地」に導き出せとの、使命に従っているのにだ。
信じてない奴なんか置いてっちゃえばいいじゃん。
神様知らない奴なんて、滅んでしまえ。
私などは、日常を送る中でそんな風に感じてしまう。
でも、それは主がお望みのこととは違う。
選民には、主から離れた人々を導く使命=義務がある。
ここが、辛い・・・
奴らのことを好きか、嫌いか、じゃなくて、主が救うことをお望みなのだ。
「主の思い」のとおりを表現する者になりたい・・・。