福祉の仕事をこれまで担わせていただいてきた中で、
自信満々に自分の価値観を押し付ける支援スタイルを平然と行う人に時折出会い、
違和感を覚えてきたものですが、
人は「十人十色」「100人100様」、多様な存在と思います。
そのことを代弁してくれているような文章があります。
(引用書籍)
援助者が「ゆらぎ」を経験する主な理由は、
人の生活の仕方や生き方に「つねに正しい画一的な考え」が存在しないためである。
人の生き方には、年齢によって、性によって、立場によって異なる側面がある。
自己実現の目標や方法も、その人が生きてきた歴史によって、家族の歴史によって、
あるいは生きる時代や文化によって異なる部分がある。
これは対象者も同じである。
したがって同じ障害を持つ人が複数いたとしても、それぞれの生活における障害の意味はみな同じではない。
また、疾患を克服したある人の経験と、病を癒した別の人の道筋がまったく異なることもある。
つまり一人ひとりの生き方、生きる意味はみな同じではない。
また、同じ一人の人でも、加齢に伴って人生の意味や課題は変化する。
生き方ばかりではなく死に方や死の意味もそれぞれに異なる。
このように、生活・人生はつねに個別的であり可変的である。
したがって、そのような生活にかかわる援助にも「つねに変わらない正しい答え」は存在しない。
いかに援助すべきかの答えはつねに多様であり、そのためにどのようにかかわれば良いかの答えが最初から明瞭であることはない。
このような意味で、社会福祉は「ゆらぎ」に直面することから出発する実践である。
「ゆらぎ」を避けて通ることができない実践である。
仮に「まったくゆらぐ事のない実践」「つねにゆらがない実践」があるとすれば、
それはある偏った援助観や信念に固着した不健全な実践である。