僕が高校生の時、ヒロシ先輩から「不良しようぜ」と誘われて、当時学校の近くにできた喫茶店に行った。土曜日の午後のことだった。


僕は、どちらかというと面白みのない性格で、僕なんかといても面白くないだろうなと、申し訳なく思いながら、母親同士が仲が良かったせいか、可愛がってもらっていた。


ヒロシ先輩は、僕の憧れで絵が上手く、腹を立てるのを見たことがなく、「バレンタイン事件」を起こしてくださったまさにその人だった。


喫茶店でコーヒーを頼んだこともあったが、僕らはネスカフェがコーヒーだと思っていたのです、本格的な珈琲は口に合わなかったが「お、美味しいっすね」と言っていた。


お腹が空いている時には、ヒロシ先輩は必ず「ナポリタン2つ」とナポリタンスパゲティを頼んでくれた。僕はケチャップの酸味が少し苦手だったが、パルメザンチーズの緑の紙のケースを遠慮がちに振って、あまり味わったことのないその風味で誤魔化しながら食べていた。


「これが不良の味か」と妙に納得していた。僕はヒトに相談することはなかったが、ヒロシ先輩は「好きな人おるんやろ」「誰なん」「教えてっちゃ」と畳みかけて質問してくるから、タジタジとなって、つい口を滑らせて「君枝先輩です」と言ってしまった。(もちろん仮名)


なぜだかヒロシ先輩の方が顔を真っ赤にして「なんだ、君枝さんか。年上がいいんや」と僕にニヤつきながら言った。「年上かどうかは関係ないんだけどな」と思ったが言わなかった。


「ハードル高いかもな。狙ってるやつ何人か知ってるからなぁ」

「そうなんですか…」

「で、どれくらい好きなん?」

「どれくらい…大きさですか?」

「大きさというか、深さというか…」

「難しいですね」

「じゃあ君枝さんの履いた靴下をビニール袋に入れたら匂い嗅げる?」

「…え?」

「それくらい好きじゃないと戦えないぞ」

「大丈夫です。嗅げます」

「よし。合格」


不良は、大変です。


喫茶店で珈琲を飲んで、ナポリタンを食べて、好きな人の靴下の匂いを嗅げるかどうかをこれほど真剣に考えるのが不良なんだ…


ヒロシ先輩は、僕の同級生のちょっと変わった女の子が好きだと僕に告げた。同じ美術部の部員で、彼女の描く絵が好きなんだとも言ってた。僕はザンギリ頭で性格にやや難があるその子がヒロシ先輩にはふさわしくないと勝手に思っていた。


君枝さんは、イケメンで無口な同級生のことが好きだったらしく、卒業式の前に振られてしまったとヒロシ先輩から聞いて「大丈夫かな」とか偉そうに心配していた。


喫茶店にゲーム機が設置されてからは、ヒロシ先輩はゲームに夢中になり、僕はミートスパゲティに挑戦していた。


「ゲームしないの?」

「僕は見てる方が好きなんです」

「変わってるなぁ」

「そうですよね」


僕は生涯ゲームというものをすることはなかった。パチンコと同じでただの浪費だとしか思えなかったからだ。お金もそうだけど、時間の浪費が一番怖かった。


ヒロシ先輩も君枝先輩も大学進学で、小さな田舎町を離れて都会へ出て行った。僕は喫茶店に行くこともなく、君枝先輩の靴下のことを考えることもなくなって、1人で黙々と受験勉強に励むことになる。


時々、あの喫茶店のナポリタンスパゲッティが懐かしくなる。青春の甘酸っぱい「不良」の味だ。