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morrowesprit

sijimanite


「訳、聞かないの?」
「え?あ、手の怪我ですか?そうですね、聞きたいですけど無理には聞けません」
「だめだよ遠慮しちゃ、女の子に振られちゃうよ」
「え?振られる?」
「君、彼女いないね、今のでわかちゃった」
不覚だった、こんな単純な会話で読み取られるとは、つい相手のペースに呑まれてしまった。
「伝えたい事は伝えないとだめだよ」
「はい、わかりました」
「あのおじさんの事どう思う?」
「おじさん?あぁ、親父さんですか」
小さく頷き笑みを浮かべる、この世のものとは思えないほど美しい笑顔だ。
「けっこう好きですよ、面白いし、変なとこありますけど」
「そう、すっかり君のこと気に入ってるみたいね」
今は病院にいるなんて言えるはずなかった。
「そうですか、でもなんかほんとの親父みたいです、僕、実の父親の顔知りませんけど」
突然お姉さんが直角に折れ、膝をついて嗚咽しながら醜い手をコーヒーの缶で打ちつける。
「ど、どうしたんですか!」
振り落とす手は止まらず打ちつけられた、手から血が吹き出す。
僕は缶を取り上げた、お姉さんは地面に顔を埋め泣き止まない。
ようやく落ち着くが僕はどうすればいいかわからず土下座の状態で泣くお姉さんの横で煙草に火をつける。

僕は三本目の煙草をもみ消す、お姉さんが身体を起こし、僕の隣に座る。
「大嫌いだったの、泣き止まないし、
私を放って置いてみんなあっちばかり可愛がるの」
僕は黙って聞いていた。
「だから首を絞めて殺したの、だって嫌いだったから、でも怖くなって近所の工事現場に弟を抱えていったの、そこね、毎週土曜日に資源ゴミを燃やすの、すごい大きな炎になるの」
奥歯が軋む、いつの間にか僕は膝を抱え小さくなっていた。
「薄暗いからわからないと思って、私四年生だったし、小さいから見つかんないだろうって」
お姉さんは黙る、僕はお姉さんを見る。
「投げちゃったの!炎の中に、弟を」
お姉さんの目はがらんどうだった。
屋台で声をかけてくれたお姉さんはそこにはいなかった。
「でもばれちゃった、お父さんは私を責めなかった、ただ死んだ母さんが怒ってるぞって言うの、母さんね、弟を産んですぐ死んじゃったの」
お姉さんは急に小さな子供のような口調に変化した、何がどうなっているのかわからない。
「それでね、中学生になって夕方台所で一人でいたの、そしたら玄関の扉が勢いよく開いて母さんが帰って来たの、死んだ母さんが」
回りの音がまったく聞こえなくなった。
「怖かった、お母さんの顔だけど鬼に取り憑かれたみたいだったの、私が弟を殺したから怒ってるんだと思って泣き叫びながら謝ったの」
怖くてこの場から逃げ出したくなるが、好奇心がそれを食い止めた。
お姉さんから目を反らしたいができない、怖くて見てられないのにお姉さんしか見えない。
「母さんは私の手をとったわ。母さんは氷のような手をしてたの、やっぱりお母さんは死んだんだって思ったの、
そして台所のガスコンロの火の中に手を入れられたの、熱かった、本当に苦しかったわ、その時お母さんの顔を見たら泣いていたの、あんなに怒っていたのに、とてもとても悲しい顔して泣いていたの、するとお母さんが一瞬で消え、気がつくと父親に病院に運ばれてたの」
信じられない、お母さんの幽霊が敵討ちに来たと言うのだろうか、幻覚を見て自分で焼いたんじゃないかと思うが、そんな事言えない。
また話し方がいつものお姉さんに戻る。
「ごめん、話変えよう、君の言ってる親父さんさ、私の父親だよ」
言葉が出ない、いろんな想いが頭を駆け巡る。
短い時間に沢山の出来事が起こり頭が処理しきれない。
ただ流れる人の群れを二人で眺めるしかなかった。
僕から何か話そうと考える、話題を変えて元気な顔を取り戻そうと頭をフル回転させる、でもなかなか適当なのが浮かばない。
結局どうでもいい話が浮かんだ。
「僕、何日も母さんの顔見てないんだ」
舌打ちしたくなった、なんてセンスのない話だ、マザコンだと思われたかもしれない。
「お母さん、きっと泣いてるよ」
「え?」
親父さんの言葉を思い出した、すると急に昔の記憶が蘇る。
小学一年生くらいだっただろうか、何かの弾みで母親と言い争いになった。
僕が乱暴な言葉を母親に投げかけた瞬間、母親の顔はみるみるうちに紅く染まり、僕を見つめたまま頬に涙を流した。
母親が初めて泣くのを見た瞬間、僕は絶望感でいっぱいになった。とんでもない過ちを犯してしまったとか、絶対にしてはいけないようなことをしてしまったと感じた。それを見て、僕は慌てて泣きながら何度も謝ったのだった。
僕は立ち上がり、お姉さんに手を振った、今から家に帰ると告げて。
お姉さんは微かに口角を上げ、手を振ってくれた。

家に着いた頃にはもう十九時をまわっていた。父親はまだ帰っていない、母親は夕飯の支度をしてる頃だろうか。
玄関を開けるといつもと何か違う感じがした、人の気配がない、そのまま台所へ行くとやはり母親はいない、テレビのスタンバイランプと豆電球以外は黒で塗りつぶされていた。
外出が嫌いな母親は、家を空けることはほぼない、ご飯の材料も移動スーパーのような業者に定期的に来てもらっている。
薄暗い廊下へ出る、普段、何気ない廊下の軋む音が今日は不安を増幅させる。
上がりがまちで物音が聞こえた。踵を返し玄関の方を見ると母親が喪服を着て外に出ようとしている。驚いたが
すぐさま声をかける。
「どこ行くの?」
黙ったまま玄関を開けた。
「待ってよ!」
私は裸足のまま飛び出して母親の腕を掴んだ、母親はそれを振りほどき歩き始める。
私は苛立ち、乱暴に母親の肩を掴み、腕をとる、よろめく母親はバランスを崩し、肩に掛けていた鞄の中身をぶちまけた、私はぶちまけられた物を見るなり凍りつく、ケンゴの写真がそこにあった、そして"一回忌"の知らせの封筒と数珠。
身体中が熱くなり、頭がクラクラしてきた、怒りや不安感がかき混ぜられ力が抜ける、その場に両膝をついた。
力無い声を振り絞る。
「なによこれ、ケンゴが、一回忌?どういう事?!」
「あーあ、あなたね、大体今日は友達と夕飯食べて帰るって言ってたじゃない。どうしたのよ、私が家に帰った途端あなたが帰ってくるから、びっくりしたじゃない」
そうだった、なゆたの彼女のせいでそんな嘘とっくに忘れていた。
「そんなのどうだっていい、ねぇ、どういう事?!ケンゴが一回忌って、説明してよ!」
「あー五月蝿いね、せっかく隠し通してきたのに台無しだよ」
その言葉に頭が爆発しそうになる、私は立ち上がり吐くように言い捨てた。
「はぁ?!なんで隠すんだよ!お前何考えてんだよ!馬鹿なんじゃないの!」
「お前?あなた親に向かってお前って何よ!いいわ、教えてあげる、ケンゴはね、一年前に死んだのよ!海難事故でね!」
「嘘よそんなの、なによそれ」
「本当よ!なんで、こんな事になったのか、うぅ」
母親は突然泣き出した、さっきまでの勢いはどこかへ消え、怒りと悲しみが混ざったような顔に変化した。
私はけんごが死んだ事実を聞いて、硬く大きな氷で頭を割られたような衝撃が走った。ひび割れた頭蓋骨から冷たい水が流れてくる、今まで頭の中あった熱を徐々に冷ましていく。
そして次第に憎悪が湧いた、それは心からだった、激しい怒りとは別の白い炎のようなものだった。
なぜ自分だけ知らされないのか、恐らく父親もけんごが死んだ事実を知っているはずである。
「なんでそんな大事な事教えてくれないの?頭おかしいの?信じられないあんたなんか母親なんかじゃない!この馬鹿!」
「今なんて言った?」
「馬鹿よ!最低よ!」
母親の顔から今さっきまでの怒りと悲しみの表情が消えた、能面のような無表情な母親がそこにいた、目がすわり私を見つめる、こんな顔した母親を見たのは初めてだった、言い過ぎたか。
「まあ、間違いじゃないわ。秘密なんて当然よ、あなたに言う義理なんてないもの、あんたとケンゴは違うのよ」
「え?何?」
「あんたはいなくていい人間なのよ、
いいわ、全部教えるわ、私が大学生の頃サークルの集まりで先輩の家でみんなと打ち上げしてたの、そしたらどんどん飲まされてつい酔っちゃって、若かったのよあたし」
「おい!やめろ!黙って聞いてりゃ何言ってんだ!」
父親が帰宅した、タイミングよく出くわした。
「あら、帰ったの?まったく、この人の遺伝子だったらねぇ、あんたなんか産むんじゃなかった、どの人に似たんだろう」
「やめろ!何てこと言うんだ!かなた?こんなのはでたらめだ、母さん気が動転してるだけだ!」
「アハハハハ!!全部ほんとよ!アハハハハ!!!」

消えたい。

神様、仏様。私を、今すぐ無かった事にしてください。
私は踵をかえし、二階の自分の部屋に駆けて行った。
灯りも点けずにベッドの脇にゆっくりと背をもたれる、鏡に微かに写る自分を睨めつけた。
鏡の中には誰か知らない人がこっちを見ている。
「骸骨とにらめっこか」
細くかすれた声が口から出てきた。
私も骸骨もまばたきを忘れていた、骸骨の目は暗く漆黒の穴のようだった、
これが私自身だと気付くのは早かった、全てを受け入れるしかなかった。
私が中学二年の頃、卓球部でエースだった。
県大会で九州組との試合で彼に初めて出会った、人生最大の恋、運命の人だと確信し、気が狂ったかのように毎日の生活の中で彼を想った。
中学一年生にしては、けんごは大人っぽく卓球のセンスは抜群だった。
初めて会った日、午前の試合と午後の試合の間の休憩時間、会場の外でウォーミングアップ中に隣合わせになり、前から知人だったかのように少しも違和感なくお喋りしまくった、彼もも自分に好意を持ってくれて、気さくで親しみやすい性格に驚いた。
住んでる距離は遠いが毎日電話しまくった。
大好き過ぎて死にそうだった、今すぐ何もかも捨てて飛んで行きたかった。
あの笑顔は太陽で月ならどんなに幸せだろうと思った。私をずっと見ていて欲しかった、私にはけんごが全てだった。
暫くして突然連絡が途絶えた、最後にやっと繋がった電話でケンゴはこう言っていた。
「かなたさん?ごめんね、また会いに行くよ、必ず」
声が震えていた、明るく話してたけどそれはわかった。
それから数日過ぎてある日曜日、両親揃って部屋にやってきた、表情は二人とも固く、何事かと少し緊張した。
ケンゴの事だった、あの男の子と関わりを持つのをやめろと言った、そんなの無理だ。私は泣き叫び嫌がると母親が私の肩に手を添え話した。
ケンゴは私達の息子、あなたの弟、相続などの関係で親戚に養子に出したと。
嘘だ。
神様、嘘だと言って下さい。
世界が急に暗闇に見えた、よくよく話を聞くと養子にだして九桁近い金を受け取ったらしい。

現代はすごい、進化や発達もすごい、
人間ってすごい。
でもなぜですか、どうしてですか?こんなに科学が発達してるのに兄弟を他人に変える事は出来ない、法的に、心理的に他人にできてもDNAを別物に変えることは不可能。
神の領域には人の手は加えられられない。
どんなに願っても私とケンゴは結ばれない。
わけがわからなくなった私は気が動転し、とっさに台所に駆け下り、金切り声を上げながら包丁を自分の胸に突き刺した。
だが、たかが女子中学生の力で家庭用ナイフを突き刺しても、当然大事には到らなかった、しかし私の中の硝子でできた心はバラバラと崩れ落ち、がらんどうになった。
それから母親は新興宗教にはまり、父親はまるでケンゴと近くで話してるかのようにブツブツと話続けるキチガイになってしまった。

「かなた、入るぞ」
「電気つけるぞ」
私は黙ったまま骸骨を見つめる。
「お母さんな、少し感情的になり過ぎだよな、あんな事言うなんてな、変な宗教にはまっておかしくなったんだろう、きっと」
私は鏡に映る自分の顔だけ見つめていた。
「その、ケンゴの事だけど、ごめんな、お父さんからかなたに伝えとけばよかったな」
「お父さんな、今もこれからもかなたを自分の娘だと思ってる、お父さんだけはお前の見方だからな」
疲れた 煩わしい 
頭の中で声がする。
疲れた!煩わしい!
頭が割れそうだった、父親はそう言い残して部屋を出ようとした。
疲れた!終わらせろ!
「待ってよ」
「え、かなた?」 父親は慌てて踵をかえす。
「何よそれ、全然慰めになってない。
確かにわかるよ、自分の妻が遊びでできた誰の子かわからない私をよく我慢して一緒に居てくれたって思う、そこはすごいと思う、だけど我が娘と言い切れるのは嘘、やっぱりケンゴが可愛いはずよ、いつもブツブツとそこにはいないケンゴと話してるじゃない、たまにお風呂で泣いてるのも知ってる、
お風呂のおもちゃ大事に持ってるのも知ってる、思い出なんでしょ?男はロマンチストだから愛だの絆だのって言うけど女は違うの! もっと現実主義よ!本当は私なんか邪魔なくせに!うざいでしょ?!悪魔の子だとでも思ってるんだ!!」
どしゃ降りの雨が瞳から落ちてきた。