waking life
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初めてのニューヨーク4

それから家に戻ってかぎの賭け方を教えてもらった。外から入るにはドアが3つ、カギが4ついるのだ。それでも去年空き巣に入られたらしい。そういうところはやはり外国だ。油断ならない。自分のミスでいとこに迷惑かけられないと思い緊張した。

そして今歩いた道を頭の中で反復した。行きと帰りを違う道を歩いたせいで少しこんがらがっていたが道は碁盤の眼のように直行しているので迷ってもなんとかかえって来れそうだと思った。

そうして御飯を食べた。タコスだった。こういう無国籍な感じはニューヨークかな?とおもったりした。こういう料理は好きなんでたっぷり食べた。おいしかった。いとこは料理が趣味みたいなもんだからおいしいのだ。時刻は8時ころだったがまだ外は明るかった。

食後いとこと旦那さんがテレビを見だした。英語の放送を見て何やら英語で話をしている。その輪に入れるほどの英語力は自分になく少し寂しかった。そうしてまだ明日どこにいこうかきめていないまましらないうちに部屋で寝てしまった。

考えてみればもう30時間も起きっぱなしだった。明日からは一人で行動しなければならないし、時差ぼけとも戦わなくてはならない。以前に海外にいった時はそんなに時差ぼけは感じなかったが今は疲れていて明日が不安で、落ち込んでいるうちに眠ってしまった。

つづく

初めてのニューヨーク3

それで家の中は西洋風の部屋にインテリアは東洋風で良い感じちょうちん風の照明にちゃぶ台風のテーブル。ソファーにテレビのシンプルな部屋という感じでおしゃれにしてある。

旦那さんは昔空手をやっていたり禅とか東洋思想にも興味があって日本ビイキで両腕に漢字の入れ墨も入ってます。

広めのキッチンとバスルームとリビングと書斎と寝室。そのうち書斎を貸してくれた。

その日は日本にいる時にあらかじめ計画をたてていれば良いものをガイドブックを流し読みしたくらいでなんにもきめていない。ど~しよ~と焦ってかなりブル~になっていた。いとこは毎日仕事があるし、旦那さんも家で仕事があるので毎日一人で行動しなければならない。これからある程度作戦たてないとヤバいぞ~。自分が相当ニューヨーク旅行をなめていたような気になって落ち込んだ。とほほ。

そうして呆然としていたら。いとこ夫婦が近所を案内してくれるという。
最寄りの地下鉄の駅から近所を案内してもらった。

家から歩いて五分くらいのディットマー・ブルーバード駅は地下鉄N、W線の終点で、いついっても電車が止まっていて便利だ。その周辺にはケンタッキー、マクドナルド、ダンキン・ドーナッツ、フットロッカーなどのチェーン店や日本でいうコンビニのような店やスーパーが並んでいて便利なところだけど。なんせ初めてのアメリカなんで見るものすべてがダーティーでむき出し、日本がきれいすぎるのかもしれないけどね。とくにディットマー駅は地下ではなく高架の上を走っていてその鉄骨がむき出しで荒々しくくんであってサビた色で今にも崩れ落ちそうに見えた。

駅にのぼって職員に無料地下鉄マップをもらってもらった、そして一週間分の地下鉄乗り放題カードを購入。2500円くらいで乗り放題。これで足の心配はなくなったとホッとした。

それからいとこが大好きなコンビニやら雑誌を売っているところやいろいろ回った。
ここらへんはギリシャからの移民が多くていわばリトルギリシャなんだよとおしえてくれた。アパートの大家さんもギリシャ人なんだって。

道をあるいているとやたら人の視線が気になった。後から考えたら自分がきょろきょろしていただけかもしれないけど、その時は自分のかっこが浮いていて日本からやってきたのがばれているのかとまた不安になった。

ちょっと寄り道していいかといとこの旦那さん。売り家を見たいらしい。その周辺は同じようなつくりの2階だての家が並んでいて。いかにもアメリカだが、その中でたまに売り家がでるらしく見に行った、小さめの庭があってレンがつくりの家日本の下町の長家とあんまり大きさ変わらないんじゃないかと思う。でもちゃんとガレージと庭があって良い感じだった。

つづく

初めてのニューヨーク2

こんにちは、

続きだけど、デトロイトからニューヨークへはスゴク小さな観光バスくらいの大きさの飛行機に乗っていった。乗り込む時コックピットが丸見えなのが恐かった。セスナのおおきい版みたい。日本人はいなかったよ。2時間位のフライトだった。

ニューヨークにはラガーディア空港の他にJFK空港という大きな空港もあるんだけど、今回はラガーディアについた。小さい空港だけどとうとうニューヨークにきちゃったな~と感慨があった。この時点ですでに20時間くらい起きていたんだけどあんまりしんどくはなかった。やっぱり気持ちが張り詰めていたんだね~。

幸い、いとこの家はクイーンズという地区でそこからタクシーで15分くらいにあった。空港の外側のドアをでた時にもう結構熱かった。ニューヨークは湿度は低いはずだけど今年は結構湿度も高くて蒸し暑かったらしい。でも大阪ほどの湿度ではないので汗がドンドン出てさらりと乾いてゆく感じ。旅行前に聞いていたけど、外を出歩くなら、これは水分をこまめにとらないといけないなと思った。

それで空港からイエローキャブをひろって、行き先を伝えて走ってもらった。空港は郊外にあるので見渡す景色にすこし不安になりつつも15分くらいで目印のチャイニーズフード店のある交差点についた。そこらへんは日本から来たばっかりの眼で見たら少し恐い町並みに見えた。昼間だったからましだったけど、道路は少し荒れているし路面駐車の車が並んでいて、一様にぼろくみえた。なんにせよもうニューヨークに降り立ってしまったのだという緊張感がかなりあったのだと思う。

それでその交差点からホンの100メートル位にいとこのアパートがあってオートロックの呼び出しブザーを押したのさ。そしたらいとこの旦那さんが荷物も持ちにおりてきてくれた。そのアパートはエレベーターはついていない。結構な古さのアパートだけど日本のアパートとかと全然ちがって趣のあるレンが作り。階段は大理石が貼ってある。3階にあがるといとこがいて出迎えてくれた。家は日本式に玄関でクツを脱いであがる。ここでようやく緊張が解けたようでドット疲れた。

またつづく

ハローニューク!!初めてのニューヨーク1

ハーイ!!みなさん元気?

俺は現在時差ぼけ中さ。へんな時間に眠くなったりだるくなったり。まあヨーロッパやアメリカに行くなら必ず払わないと行けない代償やね。仕事がなくてよかったよ。

最後の最後でけちがついたけど、今回のアメリカ旅行はスゴクよかった。

なんといってもアメリカ本土に初めて上陸してアメリカ人と接することができたからね。みんなはアメリカはいったことあるの?アメリカはホントにでっかいから行くとこによって違うだろうし、ましてや人種のるつぼニューヨークは多様な人種がいてそれぞれに独自の生活様式があって一概にこれがニューヨーク式とは言えないだろうけど、いとこと旦那さん(白人男性)はニューヨークで生活している本物のニューヨーカーなんだし、その中に入れてもらって生の生活を実感できたのは貴重な体験だったよ。

最初は関空からノースウェスト航空でで13時間くらい飛んでデトロイトについた。関空でオーバーブッキングなので別の便に変えてくれたら割り引きクーポンをあげますっていわれたけど、何かの映画でもあったけど席を変えてその飛行機が落ちたらいややんか?それで予約通りの飛行機で飛んだね。ちょっと悩んだよ。変更していたらもしかしたらビジネスクラスに乗れたもねって兄貴と話した。そういうことはあるみたい。

飛行機の中ではこれといって特別なことはなくて隣の席の外人の子供が、窓際が良いってだだこねて泣いてた。スチュワーデスはだいたいおばさんの外人。海外の航空会社は若いコは雇わないみたいね。それは残念。映画はロボッツっていう3Dアニメやってた。あんまり見なかったけどね。


そんなこんなで無事デトロイトについたんだけどまず入国審査で指紋と顔写真をとられて入国した、セキュリティーチェックでは靴まで脱がされて金属探査ゲートを通ったよ。イギリスでテロがあったしかなり慎重になってるみたいやったね。デトロイトの時点で日本人はほとんど見かけなくなっていて少し不安になってきて日本で借りたアメリカ用国際携帯で家に電話した。日本語聴いたら少しほッとしたよ。
つづく


bonobosライブ

というわけでボノボと僕の出会いはそういう感じだったんですが、なんだか僕とボノボは縁があるようで、難波ハッチのフジファブリックのライブにいったところ、なにげなくチラシを見ているとなんとボノボのライブの告知チラシがあるではないか、日程は3、4日後。行ける!!当日券があるならいきたいっ!!
その日のフジファブリックは新曲をおりまぜながらなかなか熱いライブを繰り広げた(ボーカルが変わった歌い方というか声というか味がある)

というわけで僕は当然のようにボノボのライブにいきました。場所はフロアに立っている2本の柱が邪魔なクラブクアトロ。でもアーティストとの距離は非常に近い。当日券で後ろにならばされて入場したが前の方に行けました。事前にツタヤでボノボのアルバムCDを借りてメンバーをチェックすると フィッシュマンズのメンバーの名前はなく。ヴォーカルはサイチュンホンという中国というか韓国系の名前だった。在日の方かしら?アルバムを聴くまでサンキューフォーザミュージックしか知らなかったけどアルバムとおして凄くいい!!やっぱりオレンジのころのフィッシュマンズに似ているが歌詞がもっとポジティブで高揚感がある。

さてライブなんだけど、これがよかったんだな~ドラムの他にパーカッションがいてベースが女の子でそしてなんとキーボードは元フィッシュマンズのハカセなんです。ここでようやくフィッシュマンズとボノボは繋がったわけです。めでたしめでたし。しかしなんといっても特筆ものはボーカルの歌のうまさと声のよさ。そしてやっぱり佐藤に似ていた。(見かけは似ていない)転生という言葉が頭に浮かぶほどだった。ニューアルバムからの粒ぞろいの曲とむかしの曲を交え熱い演奏を聴かせてくれた。

本物のフィッシュマンズをのみこんで最高のライブを見せてくれたボノボだけど、これからどういう道を辿っていくのか見守って行きたいと思う。売れるとか売れないとかも大切なことだけどフィッシュマンズを出発点としてこれからどこまで進化していくかみのがせないと思う。

余談ではあるがボノボのライブ会場に昔の同僚の姿が!!彼等が所属する事務所が友だちの勤める会社だったのだ。やっぱりなんか縁があるのかなぁ?そんなことって素敵やん?

bonbosとフィッシュマンズ

ラジオから流れてきた曲は懐かしい青春を思い起こさせた。thank you for the musicと繰り替えされるフレーズ。ちょうどその頃フィッシュマンズの2枚のベストアルバムがリリースされていたので聴き間違えたのだろうか『曲はフィッシュマンズでサンキューフォーザミュージックでした』とdj。思えばフィッシュマンズがヴォーカルの死というかたちで消滅してから何年が立つだろう。そんな感慨に耽りながらも青と黄色のレンタル屋でフィッシュマンズコーナーを探す、青と黄色の2枚のベスト盤をチェックするがそれらしき曲がない。おかしい。だいたいあんな良い曲が当時リリースされていたら見のがすはずがない。それが未発表曲でもないとするといったいなんだ。僕はその日は気持ちの悪いままだった。
そしてある日のタワーレコード邦楽視聴コーナーに見つけたフィッシュマンズベスト。曲名とサビのフレーズが違うこともアルさ、と用心深く曲を進めていくがやはりそれらしき曲がない。そして諦めて立ち去ろうとした時にその隣に見つけた何やら怪し気なバンド名『ボノボ』。類人猿のなまえだ。僕の勘は当たらないことで有名だがそのシングル盤のテにとり曲名を見るとなんと『サンキューフォーザミュージック』やんけ~~!!。みつけた。そうかーボノボという大阪のバンドがフィッシュマンズのカバーしていたのか。視聴してみて確かめた。ドンドンタッ!ドンドンタッ!サンキュー~確かにこの曲。しかしこのヴォーカルはフィッシュマンズの佐藤にそっくりやん。親類か?

つづく

音楽

Total volume of music files on my computer (コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)
マックで音楽は聞かないのではいっておりません
* Song playing right now (今聞いている曲)
バッドリー・ドローン・ボーイのサイレント・サイ。
この曲は映画アバウトアボーイの挿入歌で映画を思い出しつつ聞いてます
* The last CD I bought (最後に買ったCD)
ケツノポリス4
車で長崎に行く用事があってBGMに買いました。普段邦楽はレンタルですませますし、けつめのアルバムはジャケットのデザインが購買意欲をそぐものなんですが、長旅にそなえてテンションがあがっていたんでしょうなぁ。
* Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me (よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)
@travisのwriting to reach you.トラビスのことをまったく知らなかった時にプロモを見てやられました。ちびっ子カウボーイに命を狙われるフラン。イギリスの大自然がまぶしい。
@radioheadのjust.レディへがまだロックバンドだった頃の代表曲。ニルヴァーナなみに静から動へ盛り上がるナンバー。これもプロもがいいでき。
@山崎昌義のパッセージ。まさやんが大阪城ホールでひとりアコギ一本で歌った時、広い会場は時が静止したように静かで歌が降り注ぎました。
@エレファントカシマシの歴史。最初に聞いたのは2年前のサマソニで、まだ歌詞が完成していなかったらしくデタラメな英語の羅列でエレカシが凄く良い曲のカバーをやっているとおもった。のちにアルバムに収録された時には、なんと一曲丸ごとで小説家森鴎外の一生を語るというルーリードのような歌詞がついていて驚きました。
@くるりのハイウェイ。自分の中では邦画の最高傑作『ジョゼと虎と魚たち』の挿入歌、僕達が旅に出る理由はいろいろあるのさ。
* Five people to whom I'm passing the baton (バトンを渡す5人)




吐血

こんにちは、先日ショックなできごとがありました。夕方地下鉄の駅のホームで電車をまっている時のことでしたがサラリーマンふうの男性が何人かこちらに歩いてきたのですがそのうちの一人(40代くらいの男性)が歩きながら急に口からコーヒー色の血を吐き出したんです。パシャって感じで口を手で押さえていたけど、本人はあまり驚いていなくてその顔には少しテレ笑いが浮かんでいた。もしかすると病気なのかなって思った。隣のおじさんがティッシュを渡したりしていたけど僕は正視できずにその場を離れました。アレは本当に吐血だったのかきになった。ただ酔っぱらってコーヒーを吐いただけならよいんだけど、でも今となったら確かめるすべもない。自分が見たものが人生の末期に瀕している人だったのかと思うとなんだか不思議でもあるし辛いと思いました。

25時

25時。アメリカでは犯罪をおかし検挙された人間はいったん家に返されて期日になると刑務所に収監される。この映画は収監を翌日に控えた元麻薬ディーラーの25時間についての映画です。主演は「ファイトクラブ」のエドワードノートン。監督はスパイクリーです。

スパイクリーといえば・・・出会いはその昔僕がまだ高校一年の時にできたばかりのテアトル梅田で公開になった「ドゥザライトシング」でした。その頃の日本は洋楽といえばヘビメタやアイドルポップやマイケルジャクソン全盛時でヒップホップなどはコアな洋楽ファンしか聞くことはなく映画の冒頭で流れるパブリックエネミーのファイトザパワーと黒人の女の子の強烈なダンスに頭を殴られるような衝撃を受けました。そして映画の内容もほとんどの登場人物が黒人とイタリア系アメリカ人。その構成がどれだけ異質なものであったかは今の世界の状況から見ると測りしれないものがありました。言い換えればそれだけスパイクリーが黒人ストリート文化の流布に先頭に立って貢献してきたということが言えると思います。

そんなスパイクリーの黒人主体でない映画がこの「25時」なのですが、まず驚くのが映像のスタイリシュさです。その昔の赤や青といった黒い肌にはえる原色を主体とした絵作りとは180度変わって彩度の低い色合いのニューヨーク。グラウンドゼロからのびる光の塔。屋賃の高そうなマンションのモダンなたたずまい。非常に冷めた都会の作品になっています。今回ニューヨークを舞台に映画をとることになった時、スパイクは9.11のテロを描かないわけにはいかないと思ったといいます。この映画では、随所にグラウンドゼロの無気味なたたずまいが描かれています。ニューヨークをホームグラウンドに持つ人間にとってあの事件はどれほどの傷跡を残しているのでしょうか?

映画のストーリーは主人公が密告により逮捕されたことにより誰も信じられなくなり信頼できる数少ない人間である幼馴染みの友人二人と夜を明かすことに費やされます。1番目の選択は逃亡すること、2番目は自殺すること、3番目は監獄での7年間の地獄を経験すること。はたして主人公はどの選択をとるのでしょうか?あるいは4つめの選択肢をみつけだすことができるのでしょうか?

マルジェラ

こんにちは。モーリスです。先日大阪のマルジェラにいってきました。長堀の東急ハンズから150メートルくらいのへんぴなところにあります。ものすごい古いビルの2階にありました。そのビルは他にも洋書やファッション関係の店が集まっているようでした。かなりあやしいです。

店の感じは白っぽいです。ヨーロッパのアパートのような部屋に服が並べられています。いい雰囲気です。レジは銀色の金属の屋台のような形でした。誰がかいたかドラえもンの落書きが描いてありました。謎です。店員さんが4人ほどいましたが、理科の先生のような白衣を着てハンガーを白に塗っていました。マルジェラの店員の募集なんてどこであるんだろうと思いました。

服を一通り見てみたがシンプルな白っぽい服が多かった、値段は高い。欲しいものはどれもシンプルなものでマルジェラらしいと言えるかどうか分からない。apcっぽいとも言えるかなと思いました。

だいたいマルタンマルジェラという人は謎がおおい。僕は姿を見たことがない。服のタグに自らの名前をしるしていない。数字がいくつかとマルだけです。男性のラインは10を丸でかこんであります。

っていうか僕はマルジェラの服は持っていない。ファッションの世界の評価というのはヨーロッパやニューヨークでの評価であり。極東の日本というのは未だにかなり特殊な文化を誇っていて世界から分断されているようで世界の評価を鵜呑みにして服を選ぶとかなり突飛な存在になってしまうように思います。だいたい町でマルジェラやヨウジを着ている人見かけないですもの。

よくファッション誌で特集されている世界のおしゃれさんのスナップ写真を見ていても他の都市に比べて日本は似たり寄ったりの人が多くて面白くない。(だいぶましになってきているけど)おそらく平均点は高いけど激しく個性的な人も少ないという感じだと思います。自分の世界と生活を持っている人は自然と自分の服も持ち得るような気がします。自由に服を着るって難しいですけどね。