前々から2ヶ月に一度ぐらいの頻度で、
発情期がきて、起きてるときはずっと走り回りながら鳴いて、げっそりと痩せ細る。
それが終わるとしばらく静かで、もくもくと餌を食べて体重を取り戻すということを繰り返していた。
しかし最近はその間隔がどんどん短くなっていって、体重が戻らないまままた鳴き始め、
みるみる痩せて細っていっていた。
最初から去勢手術をしとけばよかったと思われるかもしれないけど、
うちの猫は捨て仔で、
生まれたばかりのときに十分にミルクを与えられなかったせいか、
神経系がうまく発達せず、視覚も聴覚も、もう一匹(ししゃも)より悪かった。
そのため手術をしたら死んでしまうかもと言われ、それくらいならと言うことで
手術しないでおいたら、
どんどん衰弱して鳴き声もか細くなっていって、
これはまずいんじゃないかと思って、先週の金曜日に動物病院に連れていったら、
『これ以上衰弱したらもう手術できないかもしれない。やるならもうすぐやるしかない。』と言われ、
土曜日に手術になりました。
朝病院に連れていって、『検査して手術できなさそうだったら午前中に連絡しますね。』と言われ、
気づいたら1時になってて、『あぁ、手術行われたのか。』と思って心配していると、
3時ごろ、動物病院から電話があり、『手術無事成功しました。 元気そうで明日の朝には退院できそうです。』
とのことで、動物病院の先生に何回もお礼をいった。
家族みんなで安心していた。
しかし6時ごろから、もう一匹のししゃもがなぜか落ち着かない様子だった。
ししゃもは普段ほとんど鳴かないのに大声で鳴き、壁をがりがりしたり、玄関のドアを開けようとしていた。
普段お利口なだけになんかおかしい、明日めざしを引き取りに行くついでに診てもらおうか、と考えていると
再び動物病院から電話があった。
『めざしちゃんの容態が6時ごろから急に悪くなって、体温もどんどん下がっていってます。今から点滴してみますが、もしもの時にはまたお電話します。』
とのことだった。
急なことでよくわからなかったが、なんで普段お利口なししゃもが暴れてたのかはわかったような気がした。
それからはやらなければいけないことがあったのに、何も手につかなかった。
めざしは目が悪かったから、誰かが家に帰ってくると近くによっていき、首を傾げながら顔を近づけて誰か確認していたのだけど、
その顔も見れなくなるのかなぁとか、
めざしが好きな猫のおやつをせっかく買って来てたのになぁとか、
あぁもっと可愛いがってやっとけばよかったなぁとか、めざしはうちに飼われて幸せだったのか
そんなことばかり考えていた。
本当に、いるのかわからない神様にすがるしかなかった。
10時ごろ、電話がかかってきた。
表示された電話番号は動物病院からだった。
手が一気に冷たくなるのを感じながら電話にでた。
『夜分遅くにすいません、心配してるんじゃないかと思いまして。 めざしちゃん大分回復しました。』
と言われ、僕は何回言ったかわからないくらいありがとうございますと言った。
母さんはほとんど泣きそうで、父さんはどっかに助かりそうだと電話をかけていた。
一応このまま点滴を続けて様子をみますので、明日の夜退院にしましょうとのことだった。
実は電話があるちょっと前ぐらいから、ししゃもは暴れるのをやめて、ぐっすり眠ってた。
ししゃもにはなんか感じられるんだろうと思った。
次の日めざしを迎えに行くと、げっそりしていて、お腹がぺしゃんこになっていた。
めざしはその日は大好きなおやつと水を飲んでぐっすり眠った。
このまま起きなかったらどうしようと心配だったが全然そんなことはなく、
今ではことあるごとに餌を食べて順調に体重を取り戻し、
以前のようにししゃもとトムとジェリーごっこを繰り広げ、
傷口を舐めすぎて赤くなっているのでもう一度病院に連れて行こうかという話になっている。
今回のことがあって、個人的な意見だけど、
結局幸せって『普通』であるということなんだな、と思った。
家族や友達、彼氏や彼女、ペットなど、周りと仲良くやっていったり
別に、
スポーツをするのに恵まれた体格も、
何かの分野における強烈な才能も、
周囲の目を引くようなずば抜けた容姿も、
幸せになるために必要なものではないんだろうと思った。
むしろ、メディアで芸能人やスポーツ選手がせっかく築いた家庭などが簡単に崩壊するのを見ると、
気をつけるべきものであるのかもしれないと思う。
普通って素晴らしく、ありがたいことなんだと実感できた。
この日常ができるだけ長く続いて欲しい。
おしまい。
