忘れもしない小二の冬。弟は幼稚園の年長。12月23日に
電話が掛かってきた(黒電話だったな)。出たのは親父。
「はい、もしもし、ええ、○○です。・・・はい・・・はい・・・え?
なんて?ちょっと待ってくださいよ、子供たちはごっつ楽しみに
しとる・・・ちょっと!ちょっと!・・・あかん、切れたわ」

その後、正座してオレらに向き合った親父が言った言葉。

「おまえらよく聞け。サンタさんな、今年は忙しくて来られん
そうや。なんか事情があるんやろ。おまえらも素直にあきらめや」

10年くらいしてから殺意が湧いてきた。

マザー・テレサにあるインタビュアーがこう問うた。

「本当にあなたのやっている方法で人々を救えるんでしょうか?」

すると彼女は間髪を容れず返した。

「昨日は過ぎ去った。明日はまだ来ていない。そして私はここにいて、あなたといましゃべっている」

ある種の人はこれを禅問答のように、あるいははぐらかしとして見てとるだろう。

インタビュアーの問いには、どこにもいない仮想された他人の経験との比較を通じた正しさが、いまここにいる私を離れ、客観的なものとして存在するという考えに基づいている様が見て取れる。

インタビュアーは想定の話をしている。マザーテレサはリアルタイムの話をしている。

いったいどちらが現実を生きているだろうか?