未成年最後の日を記念して、初ブログを書きたいと思います。
正直、コロナの最中に誕生日を迎えるのは非常に辛いことですが、こればっかりはしかたのない事です。
私の今までの人生を振り返るとそれなりに波がある人生でした。
岸和田の人なら誰でも知っているお寺の息子として生まれ、幼稚園の頃からだんじりが大好きで、ずっとミニだんじりで遊んでいた記憶があります。実家が二世帯住宅で、祖父母の部屋の収納スペースに入っていた物を全て出し、自分のミニだんじり小屋の確保に成功し、その収納スペースのドアに油性ペンで自分の町の名前を書き、祖父にカミナリを落とされた事は今ではいい思い出です。
そして小学校でもだんじり好きは変わらず、朝少しはやく自分の家に友達を集め、庭でミニだんじりを引いていた事は懐かしいです。
しかし、だんじり以外に熱中することを見つけました。それは野球です。それ以降、地元のソフトボールチームに入り、毎週土日は練習に明け暮れていました。その時の監督、コーチには非常に丁寧に接してるいただき、感謝でしかないです。
それ以来、将来自分の子供ができたら、ソフトボールをやらして、そのコーチをする事が一つの夢になりました。
小学校六年生では副キャプテンに任命され、また、複数回大会で優勝し、本当に仲良く、強い
チームに在籍できた事は一生の宝です。
しかし、親の方針により中学受験という道を選び、我ながらソフトボールと受験勉強をよく並行して頑張ったと思います。しかし、本音を言えば地元の中学校でボーイズチームに入りたかったのが正直な思いですが、なんせその当時なんてどっちがいいのかわかりません。けれども今まで生きてきた人生の中では最大の後悔はこの決断です。
今でも、遊ぶ友達は地元の子ばかり。やはりここは最大のミスであったと思います。
そして私立の中学校に合格し、そこで野球部に入りました。まぁ私立の中学校だから緩い部活なのかと思っていましたが、顧問の先生がすごく厳しくて、度肝を抜かされました。今まで会ってきた大人の中で一番怖かったです。また、なかなかの進学校。テストで欠点を取れば、追試があり、それを職員室の顧問に報告しに行く時が一番怖かったです。なんとか練習について行き、中学二年生の時にレギュラーを取る事に成功し、中学三年生の時は副キャプテンでした。しかし、この時は少し道を外してしまい、あまり野球そして、勉学に熱心になる事ができず、副キャップテンとしての役割はほぼできず、非常に後味の悪い中学校人生でした。
そしてそのままエスカレーターで高校に上がりました。高校一年生の間はアメフト部に所属していましたが、二年生に入ると、すぐ辞めてしまい、バイトの生活がスタートしました。はっきり言って二年生の前半の記憶はほとんどありません。しかし二年生の10月31日にやる気スイッチが急に入りました。その理由は恥ずかしいので言えませんが、翌日11月1日から毎日放課後学校に残って勉強を始めました。始めた頃は偏差値36ぐらいだったのに急に伸びに伸びで三年生始めの頃になると50後半を叩き出していました。
しかし、ここで問題が一つ起こりました。それは三年生のクラス分けです。そのクラス分けは国公立大学理系と文系、私立大学理系と文系に分けられる決まりでした。僕は私立文系でしたから、まぁ予想通り、指定校狙いの子が大半を占めるわけです。その子たちと重ならない為には年に数回の模擬試験で成績を叩き出す事が大切でした。しかし私が受験を始めた時期は模擬試験は終わっており、私は案の定、指定校が3分の2を占めるクラスに行くこととなったのです。本当にショックでした。私は実家のお寺の本堂で何時間か空白の時間を過ごした事をかなり記憶しています。自分の気持ちをしっかり持てる子はそんな指定校どうたらこうたら関係ないですが私は非常に金魚のフンみたいに他人にすぐ流れる性格です。はっきり言って耐えがたいもので、これほど人生の中で学校に行く足取りが重たい日はありませんでした。特に9月後半は大学に決まる子がたくさんいて、本当に辛く、またその子たちが授業中に寝ていたり、休憩時間の時に笑い声があったら苦しく、悔しく、自分が不甲斐なく思いました。けれども僕も元々そっち側の人間で中高合わせて六年間毎日学校に行き帰りをしていた友達がほとんど指定校でもあり、またそれが自分を苦しめました。しかし、初めから部活をやめ、指定校という選択肢を無くした自分が悪い。そう、二重で自分を苦めていました。なかなか精神的にも安定せず、結局、第一志望の大学にも不合格になってしまい、第二志望の大学に行くことになりました。しかし、その受験が終わった日の景色は晴れ晴れとし、空気は美味しく、これほどの達成感を味わえた事はありません。何より、自分の嫌いな勉学を一年半毎日毎日積み重ねてきた事が最大の獲得であり、最大の功績であると自負しています。
またその三年生の時通っていた東進衛星予備校の今井宏先生と出会い、その先生は非常にポジティブでまた、自分の芯を持っている人で、すごく人柄に惚れました。今井先生のようにポジティブかつ、芯の強い人間になる事を今後の成人としての人生を目標にして、生きて行きたいと思います。
令和二年四月十六日