先日の記事で森くんがインタビューで語った言葉を紹介しました。

 

その中に森くんの「日本一になっていない現状ではテレビ出演(5人との共演)は無理」という言葉がありました。

テレビ出演に限らず、広報にしろ何にしろ、結果を残していない自分がオートの顔として前面に立つことに、森くんはずっと葛藤を抱えていたんじゃないかと勝手に想像していますが・・・

10年ほど前から、森くんはいわゆる「イベント」に数多く出演するようになりました。

それまで他の選手のトークショーはあっても、そこに森くんが出るというのはめったにない(ほんの時たま)ことだったから

レース場以外で、彼に直接お目にかかれる機会があるなんて!

と、ファンはそりゃもう狂喜したもんですが・・・そこに深い理由があることに気づいたのはかなり後から。

森くんは、沈みゆく業界を少しでも助けようと、自分に出来る広報活動を積極的に引き受けるようになったのですね・・・

 

 

ここ数年、私は年末になると森くんが出たイベントをまとめる記事を書いてるんですが、カウントしたら一番多い年で計24回。単純計算で月2回。

レースをしながら、その合間(オフ)に北から南まで飛び回る日々を送っていた森くんです。

それらは全部、オートレースの普及発展のためでした。

 

マスコミ対応(インタビューや記者会見)は苦手だという森くんですが

直接ファンと触れ合えるイベントは「段々楽しくなってきた」と、↑のインタビューでも語っているように、トークショーでお目にかかる森くんには、格別な魅力がありました。

最初は複数のレーサー達と「セット」で(笑)出るスタイルでしたが、途中から「ピン」の出演も増えて・・・森くんのトークスキル、相当磨きがかかったんじゃないでしょうか←上からww

テレビカメラが入らない場所で(スポ紙の記者は時々いたけど)

森くんが、ファンに向って語った言葉。

それはある意味、その時々の彼の心情をそのまま映したようなものだったような気がします。

 

全部を知っているわけではありませんが

私が見た、そして聞いた森且行さんの生の声、言葉。

その中で印象的なものを、彼が日本一になった今、振り返ってみたいと思います。

 

*かなり長いので、お時間ある方のみ推奨

 

2009年6月 船橋ららぽーと 永井大介選手と2人のトークショーにて

「ゲン担ぎでレース前日に焼肉を食べるようにしている。でも最近年のせいかカルビとか無理(笑)ロースにしている」

 

「(当時あった)船橋オートは苦手。自分でやってもうまくいかないので(永井)大介に整備してもらおうかな(笑)」

 

永井「そんなこと言ってるけど、森は頑固。整備、こうした方がいいよ、ってアドバイスしたら『あぁそうか~』ってその時は言うけど、あとでまた元に戻しちゃう。人の言うこと聞かない(笑)僕は森の言うことを素直に聞いて今調子がいいので、森にも素直になってほしい(笑)」

 

「養成所時代一番辛かったのは昼休みに受けるマスコミ取材。周りは昼寝してるのに、僕だけ毎日取材が入っていた。それを受けなきゃいけないのがキツかった。養成所って、外部との連絡、面会禁止って聞いていたのに入ってみたら外部の人(マスコミ)がうじゃうじゃいて、えーってなった(苦笑)」

 

2011年10月 お台場 青木治親選手と2人のトークショーにて

「オートレーサーとして大変なことは人間関係。色々あるんですよ、派閥とか・・・」

 

「でも大変なのはそれぐらい。整備とかうまくいかなくても自分がやった結果だから楽しめてます」

(間近に迫ったSG日本選手権について)

「日本選手権の魅力は、ハンデがないんですよ。他のレースはハンデがあるんですけど、選手権だけはみんなスタートラインが一緒なんで 実力勝負なんです。本当の意味での日本一になれるんです」

 

「調子も上がってきたので 選手権はいい状態でいけそう。 今回がチャンスだと思うので最後のチャンスだと思って頑張りたいですね!」

(*40歳までにSG獲れなかったら引退覚悟、と発言していた頃です)

 

2012年10月 東京のネットカフェ Gamboo(ギャンブー)さん主催のトークイベントにて

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「最近調子が悪い。絶不調。不調の原因がわかればいいけど、何からきてるのかわからないからどうにもならない」

 

「不調でもお金をかけて整備しないと良くならないので、パーツを色々買って試している。調子の良い時でもいじり過ぎて悪くなったりしてる(笑)でも、止められない」

 

40歳までにSG獲れなかったら引退、って新聞に書かれたのは違うんです。それぐらいの覚悟で頑張る、って言ったら【獲れなかったら引退】と断定的に書かれて激怒した」

 

オートレース辞めるつもりはない。大好きなんで。生まれ変わってもなりたい。その時にまだオートがあるか心配だけど(笑)」

 

「若い時に比べて精神面が弱くなった。すぐ諦めてしまう。前はガンガンに攻めたところも抑え気味。だから落車が減った。精神面を鍛えなきゃ、と思ってる」

 

12013年2月 山梨県サテライト双葉にて

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(もうすぐ春のSGオールスター戦のファン投票の発表があることについて)

「もう(佐藤)摩弥に負けるでしょう(笑)」(*実際は3票差!の7位で一応勝った・・・)

 

「31期(マヤちゃんの期)は皆レベルが高くてびっくりする。中でも青山周平選手には注目している」

(尊敬する選手は誰?のファンからの質問に)

「同期の永井大介かな。絶対妥協しないっていうメンタル面の強さが凄い」

 

2013年4月 福岡県 ヤフオクドーム 荒尾聡・篠原睦選手と一緒のトークショーにて

(オールスター戦のファンの投票数のことを聞かれて)

荒尾・篠原両選手 「元SMAPですから、森さんに勝てるわけない(笑)」

森くん笑ってスルーwww

「オートレーサーになることは幼稚園の頃からの夢だった。なれて本当に嬉しい。寄り道はしたけれど(笑)」

 

2013年11月 川口オートレース場 若井友和選手と一緒のトークショーにて

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(養成所時代の話で)

2人は当時ほとんど喋る機会がなかった。

若井 「森は取材が忙しくて、遊ぶ暇がなかった」

 

「同期と喋る時間がなかなかなかったですね。そのうちケガしちゃって、養成所に戻ってきたら、ほとんど居なかったんで(同期は皆、卒業前の実地訓練に出かけていた)

だから、川口に所属してからですね、同期と話すようになったのは」

*これは先日行われたSG日本選手権で敗れて「40歳までに日本一」の目標が叶わなくなった直後のトークショーでした。今後の抱負を聞かれて

「今回は年末のスーパースターにも出られなくなっちゃったんで(成績が芳しくなかった)

来年のスーパースターは出られるように頑張ります!」

と来年も選手続行への強い意志表明。

 

2014年5月 東京 ラピスタ新橋 佐藤摩弥選手と一緒のトークショーにて

「オートレーサーになるのが夢だったので、なれてすごく幸せ」

 

「賞金は現金で貰うか振り込みか選べる。僕は現金派。ゲンナマで持って帰ると嬉しい(笑)GⅠ優勝の時は400万円バッグに詰めて帰った」

 

「1回くらい(ハンデのない)日本選手権を勝ってみたい

 

「SG制覇したら、丸刈りになります!」宣言。

そしてなぜか、サトヤマちゃんがSG勝っても、森くんも一緒に坊主になる、という話も出た(笑)

 

2014年6月 静岡県浜名湖ボートレースにて

(「SMAPXSMAP」を)

「見てます。BEST FRIENDなんで」

(会場大絶叫アップアップアップ

(一番仲が良かったのは?と聞かれて)

「みんな仲良かったです」

(特に。スペシャルは誰?と食い下がられて)

「吾郎ちゃん以外(笑)」とゴロちゃんをオチに使う且行・・・爆

会場バカウケドンッドンッドンッ

(GⅠ初制覇の時テレビで木村君が森、おめでとう!って言ってくれたことが)

「嬉しいです。支えになっています」

(SGをいつ頃までに獲りたいか?目標はあるか?と聞かれて)

「最初は選手になって3年で、って言っていて、もう17年が経ってしまった。今はもう目標とか立てられない・・・」

(ビストロSMAPからオファーが来たら「作りに」行きますか?の質問に)

「今はまだ考えられない。日本一になるまでは」

 

2014年8月 愛知県豊橋競輪場にて

*このイベントは27時間テレビに出演したSMAPに、森くんが手紙を書いた直後のトークショー。観客が物凄い数で、登場した森くんが思わず

「コンサートみたい」と発言し、会場がより一層ギャー!アップ

(レース以外でも話題になっていますが、と言われ)

「見られていると自分も頑張らなくちゃ、という気になる」

(この年の後期のレーサーランキングが発表され森くんが5年ぶりに川口地区で1位となったことを振られ)

「40歳にしてまた1位に返り咲くとは思わなかったんで、嬉しいです」

 

「SGを40までに獲るなんてデカイ口叩いて、全く獲れてない。目標を立てても勝てなかったんで目標を立てるのをやめたら、調子が良くなってきた」

(このイベントの前日、森くんは普通開催のレースで30回目の優勝を飾りました)

 

「これからも日本一になるという夢は捨てないけど、あまり上を目指さず、コツコツと、下に落ちないようにキープしつつも、チャンスがあったら狙っていきたい」

(昔の仕事の話の流れで)

「歌と踊りは好きでした」

(減量の話)

「調子が良くて勝てそうな時はどんどん減量していく(この時57キロ) 優勝戦に臨む時は興奮状態でほとんどご飯が食べられない」

 

「レースが終わると食べるので1週間で3キロから4キロ太る。レース前になるとまた戻す、の繰り返し。レース場に入ってからサウナで汗を流して体重を落とすことも多い」

 

SG獲ったら坊主にします。すぐ伸びるし別に嫌じゃない」

SG獲ったら泣きますか?と聞かれて)

「泣きますね、きっと。泣けるように、頑張ります!」

 

2014年8月 埼玉県西川口駅前 佐藤摩弥選手と一緒のトークショーにて

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(先日の30回目の優勝について)

「最近雨でしか優勝出来てなかったので、晴れで優勝できてめちゃくちゃ嬉しかった。

雨でしか優勝できなくて、周りは雨以外勝てねーんじゃないか、って思われていたから」

 

2014年10月 福岡県レベルファイブスタジアム 東小野正道選手・越智尚寿選手と共に

飯塚所属の同期選手2人とのトークショー

(皆さん若い。若さの秘訣は?と聞かれ)

「何もやってないです(笑)オートレースの選手ってみんな若いから。アドレナリンが出ているからかな」

(養成所時代の話より)

東小野「モリカツは今の嵐よりも凄いSMAPだったので、初めて個人的に会話した時はセンセーショナルだった(笑)」

越智「養成所入る前に新聞で(ニュースを)見て「本当かな?」と思っていた。入所日にリーゼントの奴等とかそんなん含めて25期みんなで待機している時にどんな感じの人なのかな?と思っていたら、森は遅めに入ってきたので皆で「うわー来た~!」って感じでした(笑)」

東小野「最初は同期なんだけどチラ見する感じが2週間(笑)スターだったので。でもちょっと話したら普通に話しやすかった」

*森くんより同期のお話の方が面白いのでww多目に載せました(爆)

(飯塚で開催される日本選手権に向けての意気込み)

本当に一番取りたいタイトルなので、初日から全力で行きたいと思いますので、ぜひ飯塚オートに来場お待ちしています」

 

2014年11月 福岡小倉競輪場 永井大介選手とのトークショーにて

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(今年の漢字を一文字で表すと?の質問に)

「友」と答えた森くんでした。

*27時間テレビでSMAPに手紙書いた年です

ちなみに、一緒に参加した永井選手は「涙、怒」だったそう・・・

この年の8月に突然船橋オートレース場の閉鎖が発表になり、永井選手は船橋支部長として閉鎖を食い止めるために東奔西走していたので、この文字を選んだ意味、お察しします・・・

 

2015年2月 静岡県静岡競輪場 

木村武之選手と競輪の渡辺晴智選手とのコラボトークショーにて

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(タイヤの規格が)「変わって、こてんぱんにやられた。自分は新しいものに弱くていつも慣れるのに1年ぐらいかかる」

 

2015年2月 三重県四日市競輪場にて

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「僕の場合はタイヤがすごい重要で。乗り方がちょっと滑らすような乗り方なので、タイヤが食いついてくれればもっといい成績を上げられるんじゃないかと。でもなかなか当たり(のタイヤ)がない」

 

2015年6月 サテライト宮崎にて

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「調子は2月の全日本選抜でタイヤが変わってからおかしくなっちゃって、。オールスター戦で転んじゃって、そこからもう全然ダメ。整備とタイヤの選択が大変です。

整備とタイヤがマッチングしなくて悩んでいる。

悩み入ってヤバイです。選手になって初めてくらい、ヤバイです

(不調なので)

「次のランクはSからA級に落ちると思う。でも、這い上がってみせます!宣言。

(会場からの質問で「昨年SMAPに手紙を書かれたが、共演の予定は?」と聞かれて)

「今のところ何も考えてない。まあ、僕が決めることでもないので・・・の意味深発言。

 

2015年8月 奈良県ミニボートピアごせ 

女子ボートレーサー鎌倉涼選手とのコラボトークショーにて

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「今年はずっと調子が悪くて、赤字です」(賞金より部品代の方が嵩んでいる)

 

「僕結構メンタルが弱いんで、メンタルトレーニングの呼吸法とか、アルファー波のCDとか聞くようにしています。準決勝の前夜が特に緊張するんで」

 

「パワースポット巡りによく行く。でも評判が良ければどこでも、というわけじゃなくてその人に合った場所とそうじゃない場所がある」

 

2015年8月 北海道サテライト石狩・サッポロファクトリーにて

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(デビューする前(訓練生の時)に起きた事故の話)

「ケガをした時のことはあまり覚えていない。ただ、脚が逆方向を向いていた。その時痛みはあまりなかった。大腿骨を折ると致命的と言われていて自分の足で歩くまで5か月かかった。リハビリ大変でした」

(デビューする前にその状態になり、心が折れなかったのか?と聞かれ)

「大ケガだったからちょっとだけ挫折しそうになったけど・・・挫折しても、もう戻る場所がないので、頑張った」

(デビュー戦で勝った時の心境は?)

ファンの皆さんに感謝です。あれだけ応援されてたので、勝たないと、と思ったら勝てました」

 

「オートレースの魅力は、バイクのエンジンなど競争車の全てを自分の手で組み立てて、整備して、走る。勝ったら自分のおかげ。負けても、自分のせい。そういう自分だけの責任で出来ることがいい」

(いつまでに頂点(日本一)を獲りたいか?という質問に)

「前は何度も時期を言っていたけど、一向に獲れないので、もういつまでに、とかはない。

生きてるうちに・・・獲りたいです

 

2015年8月 愛知県豊橋競輪場にて

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(普段の運動は何を?と聞かれ)

「40分から1時間ぐらいウォーキング。帽子被ってジャージはいて。全然気づかれない」

 

「普段の移動も電車。変装しなくても全然気づかれない。普通です」

 

2015年8月 京都市パチンコ店にて

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(オートレースは大変過酷な世界だが、死を意識することはあるのか?との質問に)

「レース場に入ったら、その覚悟はしています」

(オートレーサーとして辛いことは?)

「同期や後輩が事故で亡くなること。それは本当に辛いし、キツイ」

(もし、レーサーの試験に落ちていたら?)

「まあ・・・あの・・・踊っていたでしょうね」(笑)

(今一番欲しいものは?)

日本一のタイトル。もうね、優勝賞金はいらないから、タイトルだけ、欲しいです」

(9月に開催されるSG戦に向けてのメッセージ)

「ようやく調子が上がってきたので、優勝出来るように頑張りたい。

だから皆さんも僕を諦めないで応援してください。よろしくお願いします」

*この時、私も会場にいましたが、森くんがファンに向って「諦めないで」と言う言葉を使ったのは初めてのような気がして・・・すごく印象的でした。

 

2015年10月 京都向日町競輪場にて

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「(こういうイベントでは)お客さんの入りは気になります。沢山集まってくれると嬉しい」

 

2015年11月 福岡県芦屋ボートレース場にて

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「今6つあるレース場が来年から5つになる。船橋が無くなるのが残念」

(会場からの質問で「SMAPと連絡取っていますか?」

ベストフレンドたち。今はそんなに取ってないですね。お忙しいので」

「あと、TOKIOの松岡君とちょこちょこと・・・」(連絡取ってるんだそう)

 

ここまでが2009年から2015年にかけての、主な言葉。

何度も何度も「日本選手権を獲りたい。日本一になりたい」と森くんが言っていること、よくわかります。

2015年には「賞金もいらない。ただ、タイトルが欲しい」と。その切実な思いに胸が痛くなった。

レース場に入る時は「もしも」の覚悟をしているって、聞いているこちらが身の引き締まるような話もありました。同期や後輩の殉職を目の当たりにする厳しい世界・・・

養成所でケガをした時も「もう戻る場所はない」と思って歯を食いしばってリハビリをしたこと・・・他の選手と違って取材ばかり受けさせられていたこと・・・切ないですね。

減量や運動で体調を維持する努力。パワースポットを巡りプラスαの力を得ようとする心情も、トークから垣間見えます。

それでも勝てずに悩み苦しむ姿も、森くんはありのままファンに見せてくれた。

そして、ファンへの感謝の言葉も。

 

トークショーでは本当に色々な話をしている森くんですが、SMAPに関する質問は長い間NG扱いと言われていました(誰の指示かは不明)

ですが、2014年 27時間テレビで森くんが5人に手紙を書いた前後から、森くんを取り巻く環境も少しずつ、変化してきたことがうかがえるようになった頃・・・

 

2016年 1月 突然の【SMAP解散騒動】が持ち上がりました。

 

それ以降の彼の言葉は、次で書きたいと思います。

 

つづく