森谷雄オフィシャルブログ「社長を。プロデュース」Powered by Ameba -420ページ目

やはりゴジラと百恵ちゃんは偉大だった?!・・・映画と僕②

初めて観た映画が「ゴジラ対メカゴジラ」だった僕。

しかし、これは完全に友達が行く、映画館というものへの憧れがメインで、

ゴジラがどうしても観たかったというわけではなかった。と、思う。

でも、初めて観た映画に興奮し、映画館の暗闇で、

じっとスクリーンを凝視し続けるという行為は、

まるで夢の世界に入り込んでいくようで、楽しかった。


時は過ぎ、小学四年生になる頃。

既に東映のアニメーション祭りも経験し、

ベロという猫にも、スクリーンで会わせてもらっていた。

そんな頃、僕は母親と住むことになった。

祖父母との別れを経験し、

仕事で忙しい母の帰りを、弟と夜な夜な待つ日々が続いた。

そのせいか、当時はテレビにはまり、流れるコマーシャルに影響を受けながら、

コマーシャルソングを良く覚えている子供だった。

ローラースルー・ゴーゴーというキックスクーターのような物が流行り、

僕にとって憧れの品物だった。


それはさておき。


僕の2回目に観た映画。

それは、・・・・・・・・・・・・

「春琴抄」

そう、山口百恵さん主演の映画でした。

既に「伊豆の踊子」があり、

百恵ちゃんは当時の日本映画の星だった。

ゴジラから百恵ちゃんへ。

僕にとっての映画は誰かとの距離感を保つ、

恰好の理由になっていたのかも知れない。

ゴジラでは友達との距離を。

百恵ちゃんでは憧れのアイドルとの距離を。

友達と一緒に少し背伸びしながら観るもの。

好きなアイドルに会える場所=映画館での幸せ。

そんな入り口が、僕の映画への入り口だった。


そのころ、やはり映画を観ていた場所は、

東宝系の劇場。「刈谷映劇」。

入り口には駐車場?があり、サイドにはレコードショップ。

百恵ちゃんのレコードをそこで何枚か買った記憶あり。

刈谷映劇で観た映画は何本もある。

百恵ちゃんシリーズはもちろん、

「ああ野麦峠」

「復活の日」

「ピンクレディーの活動大写真」

等々。

その時は親もいたり、いなかったり?

記憶は定かではない。

考えてみると、よく観ていたなー、と。

今のペースよりかなり頻繁だったかも知れない。


そして、弟と二人で見に行った映画、それは、

「ルパン三世~クローン人間の・・・」だった。

刈谷映劇とは違う、洋画系の映画館。

子供たちだけで行くドキドキ感。

大人の世界のパチンコ屋さんの上にあった映画館。

「エマニュエル夫人」と同じスクリーンに「ルパン・・・」。

そりゃドキドキだ。

そのスクリーンでは「ロッキー」も観た。

フィラデルフィアの街を駆け抜けるモンタージュシーンに涙した。


そしてそして、僕はついに運命の一本に出会うのだった。


つづく。