やはりゴジラと百恵ちゃんは偉大だった?!・・・映画と僕②
初めて観た映画が「ゴジラ対メカゴジラ」だった僕。
しかし、これは完全に友達が行く、映画館というものへの憧れがメインで、
ゴジラがどうしても観たかったというわけではなかった。と、思う。
でも、初めて観た映画に興奮し、映画館の暗闇で、
じっとスクリーンを凝視し続けるという行為は、
まるで夢の世界に入り込んでいくようで、楽しかった。
時は過ぎ、小学四年生になる頃。
既に東映のアニメーション祭りも経験し、
ベロという猫にも、スクリーンで会わせてもらっていた。
そんな頃、僕は母親と住むことになった。
祖父母との別れを経験し、
仕事で忙しい母の帰りを、弟と夜な夜な待つ日々が続いた。
そのせいか、当時はテレビにはまり、流れるコマーシャルに影響を受けながら、
コマーシャルソングを良く覚えている子供だった。
ローラースルー・ゴーゴーというキックスクーターのような物が流行り、
僕にとって憧れの品物だった。
それはさておき。
僕の2回目に観た映画。
それは、・・・・・・・・・・・・
「春琴抄」
そう、山口百恵さん主演の映画でした。
既に「伊豆の踊子」があり、
百恵ちゃんは当時の日本映画の星だった。
ゴジラから百恵ちゃんへ。
僕にとっての映画は誰かとの距離感を保つ、
恰好の理由になっていたのかも知れない。
ゴジラでは友達との距離を。
百恵ちゃんでは憧れのアイドルとの距離を。
友達と一緒に少し背伸びしながら観るもの。
好きなアイドルに会える場所=映画館での幸せ。
そんな入り口が、僕の映画への入り口だった。
そのころ、やはり映画を観ていた場所は、
東宝系の劇場。「刈谷映劇」。
入り口には駐車場?があり、サイドにはレコードショップ。
百恵ちゃんのレコードをそこで何枚か買った記憶あり。
刈谷映劇で観た映画は何本もある。
百恵ちゃんシリーズはもちろん、
「ああ野麦峠」
「復活の日」
「ピンクレディーの活動大写真」
等々。
その時は親もいたり、いなかったり?
記憶は定かではない。
考えてみると、よく観ていたなー、と。
今のペースよりかなり頻繁だったかも知れない。
そして、弟と二人で見に行った映画、それは、
「ルパン三世~クローン人間の・・・」だった。
刈谷映劇とは違う、洋画系の映画館。
子供たちだけで行くドキドキ感。
大人の世界のパチンコ屋さんの上にあった映画館。
「エマニュエル夫人」と同じスクリーンに「ルパン・・・」。
そりゃドキドキだ。
そのスクリーンでは「ロッキー」も観た。
フィラデルフィアの街を駆け抜けるモンタージュシーンに涙した。
そしてそして、僕はついに運命の一本に出会うのだった。
つづく。