テレビドラマと映画の違いを痛感しているこの頃
最近、久しぶりに連ドラ(「ハッピィ★ボーイズ」)をプロデュースしてみて、
改めてテレビの楽しさに気づかされた。
映画というものを作品として捉えれば、クオリティベースであったり、
メッセージ性であったり、テレビも映画も変わらないベストを尽くせばいいものだが、
映画をビジネスとして捉えたとき、テレビのビジネスとは大きく違ってくるのだな・・・と思うのだ。
ある場所でこんな話をしたことがある。
ワンクールの連ドラの総製作費と、全国公開の映画の製作費。
ほぼ同じと考えたとき、そのお金の価値と意味について考えてしまう。
方や月曜9時からの54分の枠の為に「作らなくてはいけないもの」、
方や全国公開して、観客を動員出来て、お金を払って観て貰える価値があるものか?
を問われる・・・つまり「本当に作るべきかをはかられるもの」
ここには同じ作品でも大きな違いがある。
プロデューサーからすれば、
テレビは「投げるフィールドを与えられ、思い切り良い試合をすればいい」もの。
しかし、
映画は・・・
「そのフィールドから作って行かなくてはならないもの」だという点だ。
テレビ時代に映画に憧れ、「絶対に面白い映画を作ってやる!」と思って始めたが、
やはり、それらを作り続けていく中で、
面白い作品を作るのは当たり前で、それを作れる環境作りからが映画のプロデュースだということを
思い知らされてきた。
映画を作りたい人はたくさんいるはずだし、
作れる環境、つまり資本を含めての力を持つ人たちも実はたくさんいる。
しかし、クリエイティブ面とビジネス面の両方を持っている人は少ない。
テレビ局が電波を提供料と引き替えに営業して売り上げたお金を、
自分たちの作る映画に投資し、
自分たちの電波を使って宣伝し、
恐ろしい観客動員に繋げる。
ここに疑問ありだが、クリエイティブとお金が上手く融合する場所が、
映画ビジネスに於いて今はテレビ局ならば、
純然たる映画をやり続けてきた映画プロデューサーたちに、
クリエイティビティとお金が備わってこなかったのか?という疑問も生まれる。
とにもかくにも、お金だけあってもダメ。
クリエイティビティだけあってもダメというのが映画作りなのかなと・・・。
色々と書いているが、
そういった意味で、久しぶりのテレビドラマは僕に、
「心配の少ない作品づくり」を再体験させてくれたのかも知れない。
映画との向き合いに改めて引き締まる思いだ。