1週間のうち、始めの2日は放送局でラジオの仕事、残り5日はフリー。2クィック・5スローが1週間の生活サイクルである。楽に思われるかもしれないが、無趣味な人間にとっては、このスローな時間をどう過ごすかが、存外むずかしい。

 7月ー日。きょうはスローである。川崎市の健康診断でメタボの保健指導を受けるように言われたので、午前中、事前に予約しておいた新百合ヶ丘駅近くの診療所に出かける。保健指導担当のYさんは、とても親切な人だった。最近少し僻みっぽくなっている老人はやさしくされると弱いのである。これから3か月間、毎日朝夕、血圧と体重を測って記録するようにしてくださいと言われたので、早速そうしようと自分専用の血圧計と体重計をネットで買うことにする。他は予想通り、酒の量、運動量(歩くこと)を指摘される。わたしからは、最近、肝臓のことが少し気になっていることを伝えて保健指導とは別に血液化学検査をお願いし、エコー検査の日時を予約して診療所を出た。2時間近くたっていた。元来が不健康志向の人間である。それでも重い病気にかかることもなく生きてこれた。今さらという気もするが、スローが週に5日もあるのだ。これくらいのことは続けようと思う。

 血圧や体重については計器の到着を待つとして、さて、酒と運動をどうするか。Yさんの説明では、同じ量の酒を飲むにしても、血糖値への影響は時間によって違うそうだ。晩酌とかではなく、飲むなら早い時間の方が良いとのこと。となると、待ってました!昼飲みである。それに”歩き”を併せれば一石二鳥ではないか。よし!きょうは久しぶりに吉祥寺にでも行ってみよう。

 

 

 新百合ヶ丘から下北沢で井の頭線に乗り換えて井の頭公園駅で降りた。連日の猛暑だが、それだけに木陰の気持ちよさは格別である。”格別”と言えばもうひとつある。白状すれば、そっちが目的だったように思う。「いせや」である。

 ところが、この日は公園店は休みだった。本店はやっているとのことなので本店に向かう。相変わらずの活気でうれしくなる。

 カウンターの隅の席が空いていた。いいんだよね、昼飲みなのだから。自分にそう言い聞かせて生ビールに、酎ハイ、れもんサワーと杯がすすむ。1本100円の焼き鳥は当然として、焼売、焼とうもろこし、いやぁ、夏はこれでないと。

 カウンターもテーブルもご同類の昼飲みおじさんばかりかと思いきや女性どうしの客も。”国破れて山河あり”ならぬ”自公破れていせやあり”といったところだろうか。普通の人たちの普通の楽しみ方がここにはある。そう言えば外国人観光客の姿は見なかった。

 少し繁華街を歩く。50年前、大学時代に来ていた店が何軒か残っていて懐かしかった。

 帰りは下北沢で降り、古本屋に寄って文庫本を買う。野口武彦『忠臣蔵  赤穂事件・史実の肉声』(ちくま学芸文庫)。パラパラめくると、あとがきに興味深いことが書かれていた。赤穂浪士の吉良邸への討ち入りは元禄15年12月14日のことなのだが、ほぼ1年後の元禄16年11月22日に大地震(本書では「元禄江戸地震」としている)が起きているのだ。(家に帰って岩波の『日本史年表』を見ると「南関東大地震、江戸市中の被害大、また小田原城破損、江戸大火、湯島天神・聖堂など罹災」となっていた。)本の著者は、ある資料を手掛かりに、江戸の民衆は赤穂浪士の切腹とこの地震の間に因果関係を見ていたと指摘し「前代未聞の災害は、その年二月四日に切腹させられた四十六人の怨霊の祟りと受け取られていた民俗心理が鮮やかに見て取れよう」と述べている。御霊信仰と忠臣蔵との関わりを説いた丸谷才一の『忠臣蔵とは何か』を思い出した。やはり忠臣蔵は面白い。因みに、更にその4年後の宝永4年には宝永地震が起きて富士山が噴火している。将軍綱吉の時代が終わるのはその2年後だ。

 この日は7800歩歩いていた。スローの日を充実させる手立ては、まだ見つからない。

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